「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く
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「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く

道見藤治


はじめに

 社会福祉・社会保障はこの10年ほどで、その基本がめまぐるしく変化し、生活や社会福祉の場に軋みや矛盾が激化してきました。市場原理による貧困と格差、過度の競争や排除が顕在化しており、これに対する根本的な解決策は、まだ模索の段階です。この本は社会福祉・社会保障の仕事に携わる人々、学んでいる人々、現在と将来の暮らしに不安や関心を寄せる人々とともに解決の方向を考えあうものです。
 この本は、「スキル書」ではありません。現行制度の概説自体が目的でもありません。成り立ちが、福祉の仕事にやりがいを感じつつ悩む現場の実践家会員と研究者会員とが、悩みの原因を探り、科学的に展望を見い出す議論のなかから生まれました。福祉の職場や仲間のあいだで、「みんなの社会福祉・社会保障テキスト」風に活用していただきたい。この本をきっかけに議論や思いの発信が全国からわきおこることを願っています。

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く その1
第1章 社会福祉のしごとと専門性(植田章)


−推薦の言葉−福祉労働の本質を労働の実態調査から明らかにします。豊かな潜在力や文化・科学に裏打ちされた福祉労働の専門性は、契約制度で過度に細分化された労働現場への清新な視点となるでしょう。

はじめに

 「力になりたい」「共感しあいたい」という「初心」の想いは、福祉現場で働く職員にとって欠かすことのできない大切な「資質」です。しかし福祉現場で働き続けていくためには、学び続けていくことやスキルアップしていくことも求められます。利用契約制度が導入された今日、職員には「効率的」な仕事が要求されています。職員が一人前に成長することが可能な労働環境が整備されないばかりか、仕事の性質から、常時、非常に高いストレス状態に置かれ、利用者や家族、同僚に対して不信感を募らせてしまうこともあります。こうした状況だからこそ、福祉の仕事には利用者やその家族の生活に向き合うこと、チームとして働く者同士が力を合わせることが必要です。

T 社会の歴史からみる福祉労働

 この国に「社会福祉」という用語が用いられるようになったのは、日本国憲法第二五条で国民の生存権保障と国の最低生活保障義務が謳われたことによります。その条文に基づき福祉六法は制定されました。
 しかし、その後人々の福祉を十分実現しなくなりました。なぜなら、行政が一方的に福祉の条件や基準・水準を決定していることによります。制度の仕組みに人々の暮らしをあてはめているのであって、その人にとって必要な支援を提供するという考えに立つことが希薄化しているのです。
 1970年代から始まった、様々な施設、サービスの提供は、無報酬で行なわれていました。サービスや援助なしには健康・生命を守れない人、地域で暮らし続けることが困難な人がいたからで、その声に押され、地方自治体や国に制度化を迫り実現されました。
 今日の社会は、人権や生存権を保障する仕組みはあっても、それを機能させるには主権者の不断の努力が必要です。福祉の仕事には、当事者と一緒になって社会に働きかけ、制度の仕組みや実践の方法をあるべき姿へと変えていく役割もあるのです。あらためて、これまでの社会福祉の歴史を創ってきたのは、私たちの実践や運動であるという点に大いに確信をもち、進めていくことです。

U 社会福祉の専門性を問う視点

 近年、福祉現場では、福祉の仕事に魅力ややりがいを感じ働きはじめた職員が3年の経たないうちに退職していく場合がよくあります。2006年度介護労働実態調査では、年間に5人に1人が離職し、その4割以上が勤続1年未満であったことが報告されています。
 福祉現場での離職率の高さや過酷な労働実態の要因には、報酬算定にみられる制度の仕組みが大きく影響しています。現行契約制度のもとでは、仕事内容は細分化・マニュアル化され、時間を単位とした限定的な支援の提供となっています。こうした事態は、正規職員を必ずしも要しなく、短時間雇用の非正規職員でもかろうじて仕事をこなしていけるという状況をつくりだしています。
 こうした算定方法では、給与などの労働条件や労働形態の不安定化を克服できません。従って、制度の仕組みを変えていく働きかけは重要であるし、そこを抜きには本当の意味での解決には至らないでしょう。
 しかし、制度改善の兆しがないなかでは、福祉現場のさらなる努力も必要です。法人・事業所が、困難ケースを抱え込んだり、サービス残業をする個々の職員に甘えるばかりではなく、その労働実態を改善しようと努めなければ、職員の職離れを食い止めることはできません。

V 生活支援労働の調査を通して見えてきたこと

 植田氏の実施した知的障害者入所更生施設における業務調査から、福祉の仕事の特徴と専門性について明らかにします。
 障害のある人への支援の特徴と専門性は、第一に、問題対応型の支援提供にとどまらず、予防的な視点からも支援が提供されている点です。利用者のわずかな変化への気づきを通して、瞬時に判断し、次の事態を予測した対応が随所でなされています。また、職員は働きかける際、利用者を障害特性からのみ把握するのではなく、個別化された生活課題も含めて捉え、その人の生活全体を支援するという視点を疎かにしていません。
 更に注目すべき点は、具体的な支援は生活の一連の流れのなかで提供されており、職員が利用者に働きかける行為は、場面から切り離されたものではないという点です。
 生活支援の提供には、単なる行為だけでなく、「生活」をもっと広がりをもって捉える視点と、個々の利用者の内面にも着目した支援の提供が求められるのです。
 第二次調査では、支援の継続性を福祉現場はどのように担保しているのか検証してみました。
 第一には、生活支援の場面では、それぞれの「個別支援計画」「施設支援計画」に基づきながらも、利用者の変化やその場の状況に応じて支援がなされている点です。
 第二には、生活支援は、職員間の連携、集団性の確保、利用者との日常的な関係づくり、想いや意欲に寄り添うアプローチが大切であることが明らかになりました。
 第三には、福祉施設・事業所が何を利用者に支援していくのか、事業の機能と役割について、明確に利用者・家族に示すことであり、どのような実践を組み立てるのか、そこで求められる課題は何であるかについても、職員間で共有している点です。
 第四には、断片的な支援の提供では利用者の自己決定は困難であるという点です。特に、自分の生き方を自分で生きることが困難な人への援助は、自己決定ができる生活体験の積み重ね、様々な選択肢が準備されて可能になります。
 人が人を援助していく仕事には人間的諸力がウエイトを占めます。どれほど制度の仕組みによって「効率化」「標準化」された仕事が押しつけされようとも、その外圧を人間的諸力には跳ね返していく力があります。

W 働き続けることのできる福祉職場へ

 制度上の弊害はあるものの、利用者の生活は以前と比べると、より豊かになりつつあります。しかしその土台の福祉実践は、職員の過酷な労働に支えられています。法人・事業所として努力や工夫が問われます。第一歩として、若手、中堅職員が業務の困難点を明らかにする必要があります。
 正規職員の負担緩和のため、非正規職員や新人職員に仕事を委ねることを検討するのも方法の一つです。
 福祉従事者の人材確保の実効性を発揮するためには、国の予算等において、十分な財源の確保や職員配置基準の改善等の具体的な措置が不可欠です。また、キャリアと能力に見合う給与体系の構築については、経験年数や有している資格に応じた評価をし、スキルアップなど専門性を高める研修制度を確立する方向で結実させるべきです。
 福祉労働者の主体形成と職場形成は同一でなければならないし、それでこそ福祉労働者は自己の人格を貫くことができるのです。

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く その2

第2章 真の「地域福祉の時代」の実現のために(藤松素子)


T 「地域福祉の時代」が意味するもの

 2000年6月、「社会福祉事業法」が「社会福祉法」名称改正され、日本で初めて「地域福祉」という言葉が用いられ、その推進は地域住民、社会福祉事業経営者、社会福祉活動者が努めると謳われました。それを背景に「地域福祉の時代」が到来したと言われるようになり、そのキーワードは、「自立」「共生」「支えあい」です。
 2008年に入って、政府は地域福祉に関わる文書をあいついで提出しました。一つは厚労省社会・援護局のもとにおかれた「これからの地域福祉のあり方に関する研究会」が報告書としてまとめた「地域における『新たな支え合い』を求めて−住民と行政の協働による新しい福祉−」(以下、研究会報告と略)であり、もう一つは、同年内閣府の社会保障国民会議のまとめた「社会保障国民会議中間報告(以下、中間報告と略)」です。
 「研究会報告」では近年の社会福祉施策の動向を踏まえ、「特に高齢者・障害者の分野においては、公的な福祉サービスは飛躍的な発展を遂げたと言える。しかし同時に、地域においては公的な福祉サービスだけでは対応できない生活課題や、公的な福祉サービスでの総合的な対応が不十分であることなどから生まれる問題、社会的排除や地域の無理解から生まれる問題などの対応として『新たな支え合い』(共助)を確立する」ことが求められているというのです。
 また「中間報告」の「社会保障国民会議における議論の出発点」においては、「国民はサービスを利用する権利と同時に制度を支える義務がある」とし、「まさに『私たち自身――「あなた」が支える社会保障』なのである」という性格づけをしています。そして「社会保障の制度設計に際しての基本的な考え方」では、「自立と共生・社会的公正の実現」「公私の役割分担・地域社会の協働」「当事者として国民全体が社会保障を支えるという視点の明確化」などが挙げられます。
 こうした文書にちりばめられている言葉は、それ自体否定すべきものではありません。確かに私たちは、様々な場面のおける協力・共同の下で生活を成り立たせているからです。しかし、他方で、「地域の連帯感が希薄化し」(研究会報告)ているため、従来の地域組織が機能しなくなったことを問題視しておきながら、あえて「あなた」=国民が「支える」ことや、地域で「支える」ことを強調することは論理的にも、現実的にも矛盾しています。
 社会福祉サービス提供体制において、競争原理を前面に打ち出し、利用者と事業者の自己責任のみを強調すると同時に、国・地方自治体の役割を後退させておきながら、国民・市民に対して、厳しい状況を「支え合って」乗り越えることを求めるデザインを21世紀の社会保障や地域福祉の在り方として描いてよいものでしょうか。
 かつて、真田是氏は、地域福祉の対象を「社会福祉の対象ケース」と「住民の生活問題でとりわけ生活の共同的再生産に関わって生じている諸問題」であるという整理をしました。
 地域福祉を成立させるためには、当該地域に各領域の社会福祉サービスが充分提供されていることが必要であり、それに加えて、既存の社会福祉制度には含まれていないが、何らかの対応が必要な生活問題に対する諸活動・諸サービスの展開が求められています。
 後者については、旧共同体が衰退し、私たちの生活様式が変化するなかで、地域における共同・協力関係が保てなくなってくるために起こる問題を指します。
 すなわち、地域福祉とは、国・地方自治体が提供する社会福祉サービスを充実させるよう働きかけながら、社会福祉専門職が地域の実情に応じてサービス提供方法・内容を工夫・開発するとともに、多様な地域生活課題に対して、当該地域で暮らし・働き・学ぶ人たちが主体的に活動を展開することによって実現すると言えるでしょう。
 言葉の本来的な意味で「地域福祉の時代」を実現させるためには何が必要か。次の二つの取り組みを紹介しながら、考えてみましょう。

U 地域で創る、地域に創る
  −当事者・住民を中心に展開される社会福祉実践−
 2008年3月に封切られたきょうされん30周年記念映画「ふるさとをください」のモデルとして、全国的に注目を集めているのが、和歌山県にある「麦の郷」です。
 麦の郷の実践は、重度の障害のある子どもたちの養護学校卒業後の進路保障の取り組みとして、1977年に和歌山県初の作業所「たつのこ共同作業所」が誕生しました。当初、利用できる制度が皆無のなか、和歌山県がつけた補助金は年間70万円でした。以下、施設等の開設を紹介します。
 この作業所に精神障害のあるきょうだいが通い始めたことを契機に、家族会が組織され、当事者組織も結成されていきます。こうした家族会の運動を母体に当時適応する制度のないなか、1986年には精神障害者共同作業所「いこいの家」が、1988年には有限会社障害者自立工場「ひとつぶの麦」が建設されました。精神保健福祉法改正を受けて、1990年には生活訓練施設「麦の芽ホーム」と通所授産施設「むぎ共同作業所」が立ち上げられ、1995年には全国初の精神障害者福祉工場「ソーシャルファーム・ピネル」を開設しました。その後も精神に障害のある人たちを支援する様々な事業が展開されました。
 また、障害のある乳幼児に関わる保健師や発達相談員が取り組んできた早期発見・早期療育の取り組みを基礎に、親たちと共に「子どもたちの豊かな発達を支える会」が結成され、この運動が母体となって、様々な事業が実施されています。
 近年では、1996年に不登校児の居場所として「ハートフルハウス」を開設し、学校関係者、保健師、児童精神科医との連携により「児童思春期業務連絡会」を組織します。
 さらに、いろんな人たちの高齢化に対応して、様々な事業、場作りを展開しています。
 こうした乳幼児期から高齢期までのライフステージに対応したバラエティのある取り組みは、当初から意図したものではなく、暮らし・学び・働き・交流するという基本的人権が奪われた人々の生活実態を目の当たりにして、「ほうっておけない」という思いで専門家が寄り添い、共に地域に働きかける営みを継続してきたなかで一つ一つ確立してきたのです。
 麦の郷の取り組みは、当初から医療・保健・福祉の専門職種と連携をするとともに、地域組織・地域住民との協力・共同の下で展開されてきました。同時に、地方自治体に絶えず働きかけを行ない、活動の理解を促し、やがてそれを下支えする制度を引き出してきています。
 何より、当事者を生活の主人公として、位置づけ、当事者自身が望む暮らしを実現するというスタンスを常に持ち続けることに意味があります。また多くのピアスタッフが大切な位置を占めていることも大きな特徴です。

V “縦割り行政”を乗り越えて地域に「家族」を創る

 発足後、比較的早い段階からマスコミに取り上げられ、高く評価され数多くの賞を受賞し、平成17年度版『厚生労働白書』においては「富山型小規模多機能デイサービス施設」として紹介され、多くの見学者が集まっているのが、NPO法人「このゆびとーまれ(以下、「このゆび」と略)」です。1997年に富山市の閑静な住宅街に、富山県初のデイケアハウス・宅老所として開設されました。
 看護師として病院に20年勤めた惣万加代子氏が、同じ志をもった看護師2人と、日中の在宅を支える条件がないため、病院で最期を迎える多くの患者の存在に心を痛め、「いつでも・だれでも・いつまでも」面倒な手続きなしに利用できるデイサービスを立ち上げました。
 創設理念は、介護を要する高齢者だけでなく、障害のある人、障害のある子どもも、ない子どもも利用できるような場を創ることでした。富山市役所に足を運ぶものの、縦割りの福祉行・財政のシステムが立ちはだかり、当時利用できる制度は皆無だったため独自事業として開始しました。
 そのため、当初の利用料は一般のデイサービスと比べると約5倍の自己負担で、1日の平均利用者は2人を切り、給料、必要経費を払うことすらままならない状態でした。
 しかしながら、理念を揺るがすことなく実践を続け、寄付を募り、財政の安定化の努力も怠りませんでした。また、障害のある子どもを持つ親を中心として取り組んだ署名活動が後押しして、1996年7月からは「在宅障害児(者)デイケア事業」の委託を受けることができました。
 こうした実績が行政からも評価を受け、次々と助成金を受けるようになりました。利用者数算定の対象が、要援護高齢者、身体障害児(者)、知的障害児(者)、重症心身障害児(者)に拡大されました。「富山型デイサービス」の誕生です。その後、事業もいろいろ展開しております。
 「このゆび」の取り組みでは、既存の制度・しくみに合わせて現実を押し込めるのではなく、制度を実態に近づける実践を続けています。また、「このゆび」では施設運営だけでなく、県内外の関係者とネットワークを形成しながら、行政への要請活動はもとより、様々な学習会の実施、「富山型デイサービス育成講座」や「地域福祉フォーラム」開催などに意欲的に取り組んできています。これは本来の福祉実践とともに、地域福祉を進めるための運動や啓発活動を同時に推し進めてきたと言えるでしょう。
 「このゆび」の取り組みを受けて、富山県・市が全国で初めて行政の縦割りシステムを越えて、柔軟な補助金運営をしたことは注目すべきです。地域住民の生活実態に応じた社会福祉制度の運営を行なうことこそが、地方自治体の本来の姿です。これに至るまで、関係者の地道な運動が実現させた訳です。
 また、「地域共生ケア」とも呼ばれる「このゆび」の到達点の特筆すべきは、知的障害のある人を有償ボランティアとしてスタッフに位置づけていることです。ここでは、日常生活を送るなかで協力しあい、社会的役割が付与され、お互いを個として尊重し、相互に学びあうことのできる家族のような場を共有できているのです。言わば、大きな「擬似家族」を創出しているようです。
 こうした試みは、孤立が進む現代の地域社会においては、実現しにくい世代を超えた交流を、専門ケアを介在させながら行なっていることの意義は大きいです。
 生活の主人公は私たち自身ですから、地域での住まい方は住民が決めるのは当然のことです。しかし、それは地域福祉の全てを住民が自前で実施することを意味しません。地域での生活の基盤を、国・自治体が構築することなくして住民の福祉力は発揮できません。今回紹介した実践から、地域生活の土台を築きつつ、不十分な制度を鍛え、足りないものは実践を通じて創り上げ、市民の望む暮らしを実現していくことが地域福祉の本来的あり方であることを、学べたようです。

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く その3
第3章 社会福祉事業の経営と運営 (石倉康次)

 −主権者とともに歩む経営と運営−

はじめに

 福祉施設や社会福祉事業の関係者は「経営」の観点が弱いのでダメだと非難されたり、逆に福祉施設や社会福祉事業を「経営」という視点で見るのは根本的にまちがっていると強い異論が出されることもあります。確かに社会福祉事業は営利事業ではありませんが、そこに経営の観点が必要なのはその通りです。
 2000年実施の介護保険事業によって社会福祉事業内にも営利企業が広がり、障害関係や児童保育の分野にも企業が進出することが認められました。このため、福祉の経営と、一般企業の経営との違いを問うことは無意味なような感覚が広がりつつあります。しかし実際には、それぞれの施設・事業者が提供するサービスの質や内容、働く人の労働条件や働き方、チームワークのあり方は、事業者によってかなり異なります。社会福祉施設や社会福祉事業の経営は、そこの法人・事業者だけで操作・工夫できることには限界があり、事業者による違いの範囲は限られています。これらの事業の財源をコントロールしているのは市町村行政であり、仕組みを法律によって規制している国の権力が働いているのです。これは国が国民に対して保障している生存権のかかわる社会サービスの公的な事業である以上、当然なことなのです。
 このように、社会福祉事業の経営・運営と言った場合は、施設や事業所単位のレベルと、市町村行政と国レベルとがあります。以下、この違いについて確認し、ついで福祉施設や事業者レベルでの「経営」とはどのような点に特色があるのか明らかにし、今後の展望を考えます。

T 社会福祉事業の経営・運営とは

 −1−公的社会福祉サービスは商品ではない
 社会福祉施設・事業者が利用者に提供するものは、人を相手とするサービスです。ですが一般のサービスと異なり、社会福祉事業や介護保険事業は憲法第25条で国民に保障した生存権を実現するために、国の責任において実施されているものであり、行政が最終責任を負う責任主体として関わっているのです。福祉サービスを受ける人の権利は憲法第12条で明記される「国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」ものであり、この権利水準の保持、拡充は国民の努力によって図られるものです。この権利は、商品市場における消費者の権利とは異質のものです。国が責任をもって提供するサービスですから、その基準が法律に細かく定められています。その規定は、行政機関も、利用者・国民も、事業者も準拠しなければならないものであり、問題点を指摘し是正をする根拠ともなるものです。福祉サービスは商品市場と違って、変動するものでもありません。福祉サービスは、たとい企業によって提供されようとも、国が責任をもって供給されるものであり、商品ではないのです。ただし、介護保険事業と障害者自立支援事業において、利用者が選択した事業者と直接契約し、行政は利用料の9割を負担する関係に変えられました。しかし、これは商品を購入する関係ではなく、その擬制にすぎず、行政の給付責任が解除されているわけではありません。
 −2−「経営」とは何か
 コムスンは介護分野に鳴り物入りで参入しましたが、利潤確保が厳しくなり、手を出した不正行為を摘発され撤退させられました。
小規模な会社を除き、株式市場に上場しているような株式会社の経営は、単純化して言えば、株を発行して資金を集め、その資金を元手に事業として成功しそうな分野に投資し、投資を上回る収益が出た場合それが利潤となります。利潤のなかから資金提供者に配当金を支払ってもなお、収益金が経営者の手元に残ることで経営として成り立っています。製造業とは異なる、銀行や投資会社のような金融業となれば、個人や団体から預かった資金を、大きな収益の見込まれる分野に投資することで成り立っています。その目的は投資先の業種にこだわるのではなく、投資資金をどれだけ増殖させうるかが基本となります。地域に役立つ仕事をしようと経営努力をしている小規模な介護会社や、法人格は株式会社であっても営利を目的としない介護事業者は、株式上場企業と同列にはできません。
 社会福祉事業の経営は、営利を追求する経営とは異質のものです。社会福祉事業は福祉を必要とする人に適切なサービスを提供して、その人の有する生存権を保障し、発達を支援するものです。ならば、それがなぜ経営と言われるのでしょうか。それは一定の目的のためにカネとヒトとモノを確保し、赤字による経営破綻をさせないで、利用者のニーズに対応したサービスの提供ができるようめざすものです。そのために従事者を雇用し、集団的なチーム労働を組織し、必要な力量を養成しつつ運営するという意味においての経営と言えます。その意味で医療法人や学校法人などの非営利法人の経営とも通ずるものがあります。
−3−国と市町村レベルの社会福祉事業運営
 社会福祉事業・施設の経営は非営利のものの一種です。そして、社会福祉事業は行政の責任において公的財源を投入して行なわれるものです。このため、施設・事業者レベルでの経営だけでなく、その背後に市町村行政レベルでの経営(むしろ「運営」といった方が適切)、国の行政レベルでの経営(運営)があるとみることができます。
 市町村や国においてどうして「経営」なのか不信かもしれません。確かに、行政機関には倒産はありませんし、営利を目的とした経営体ではありません。しかし、行政機関はヒトとモノを確保するわけで、乱脈な財政支出や過剰投資により、財政破綻も生じます。つまり、税収と支出とのバランスを維持していくという一種の経営があるのです。だが行政機関は、住民や国民の共同組織として税収に基づき多様な業務を担っているのです。とりわけ社会福祉事業は国民の生存権保障という目的を達成するために、行政の責任において実施されるべきで、社会福祉を必要とする現実に即座に対応すべきです。財源や税収に制約されて、必要とする社会福祉サービスが縮小されてはいけません。社会福祉を保障することが優先され、その後に必要な財源の確保をどうするか考えるべきです。行政機関には、社会福祉事業に携わる人を雇用し、福祉サービスや生活に必要な資金を提供する一連の事業を法に照らして行なう責任があります。その行政行為を通じて国民の政治的支持と正当性を確保し続けることが行政機関の目的となります。これは経営というよりも「運営」というにふさわしいです。
 しかし、国による地方自治体への国庫補助率のカット(1988年)や、財政力の弱い地方自治体へ配分していた地方交付税交付金が削減(2004年)され一般財源化されてきました。この政策動向により、地方自治体レベルでの財政運営は厳しくなり、「運営」ならぬ「経営」の論理が幅を効かせ、公営事業の独立採算制の導入、公務員削減や非正規雇用の蔓延をもたらしました。このような情勢のなか、市町村合併が広がり、行政サービスの低下が進みました。
 介護保険方式が導入された際には「給付と負担」の関係が明白になる制度と宣伝されましたが、これも事業単位の収支の計算を優先する考え方です。サービス利用が増えれば、負担増すべきという仕組みです。ここにも社会福祉行政における「運営」の論理を逸脱し「経営」の論理を優先する傾向がみられます。このような流れは、憲法に照らして正さなければなりません。
−4−社会福祉施設・事業者レベルの社会福祉事業経営
 児童・高齢者・障害者福祉における社会福祉施設の経営や、ホームヘルプ派遣事業やデイサービス事業などを行なう社会福祉事業者の経営とは何でしょう。基本的には国と地方自治体の有する生存権保障のために必要な諸サービスの提供を第一線で担っているのが社会福祉施設であり社会福祉事業者です。措置制度が崩され始めるまでは、行政が責任を負う業務を、行政が公営の施設・事業者として直営で行なう場合と、行政から委託を受けて社会福祉法人が行なう形態とがとられてきました。民間の社会福祉法人職員が公務員に代わって業務を遂行するのであるから、公務員との人件費格差によるサービス格差が生じないように、民間施設の給与水準を公立のそれに合わせる「公私間格差是正」のための補助金支給を受けてきました。これは民間社会福祉施設の労働者と経営者の団体が要求し、実現されたものです。
 戦前の明治憲法下で公的社会福祉制度がない時代から、先駆的に市民や篤志家や宗教者など民間の力によって、様々な社会問題の受難者の救済に独自に取り組んできた伝統をもつ法人もあります。戦後に設立されたものでは、篤志家や宗教法人が出資する社会福祉法人の他、住民が出資し寄付を募って設立した社会福祉法人も増えています。そのような社会福祉法人のなかには、日本国憲法が示す理念を実現するために事業の質や量の向上に取り組む先進的な事業者も生まれました。これは生存権を有する権利主体である国民の立場に寄り添い、連帯して社会福祉事業を展開する専門家としての強いミッション(使命)に支えられたものです。近年介護保険事業分野で増えてきたNPO法人や協同組合法人も同様な使命感をもつものも少なくありません。
 このような民間社会福祉事業者の事業経営とは、公費と市民が自発的に提供した私財を財源に、利用者と住民の福祉の向上に役立つ社会福祉活動を積極的に展開できるように運営することです。それには営利目的は本来存在しません。社会福祉事業体には四つの力が働いています。@社会福祉制度・政策のねらいを実行させる権力の力、A生存権を保障するための事業展開を求める利用者国民の力、B事業体で働く労働者の専門性の発揮と生活の安定のための労働条件確保を求める労働者の集団的力、そしてCこれら三つを受け止め、維持存続させる経営者の力です。社会福祉事業体の経営の精髄は、この四つの力の統合のなかにこそあるのです。

U 社会福祉事業の場のなりたち
 国の責任による法律に基づき社会福祉事業が中心にあり、その周辺に制度の谷間の問題に民間社会福祉事業者等が独自の負担により社会福祉活動があります。社会福祉事業全体のなりたちを整理しておきます。
−1−社会福祉の三元構造
 社会福祉の制度が実現される基本的なメカニズムは「対象」「運動」「政策主体」の三つの要素によると提起したのは、真田是で、「三元構造論」とよばれています。「対象」とは、社会的な対応を必要とする社会福祉問題を指します。「運動」とは、客観的に存在する社会福祉問題を憲法第25条に照らして国・地方自治体の責任において対応されるべきであると提起し、国民的な支持をバックにして国や地方の議会の場において問題対策の法制度化を迫る当事者・住民や福祉従事者の社会福祉運動や民主主義運動のことです。そのような「運動」によって提起された社会福祉問題への対応が議会においても提起され、議会の多数派が合意する水準で法制度・政策として成立します。その際に議員や首長や官僚機構が諸勢力などの力関係に影響を受けつつ、法制度・施策が決められます。これを推進するのが「政策主体」なのです。
 こうして一旦法制度・政策が成立すれば、「運動」の基盤となった社会福祉問題のすべてが対応されるのではなく、財源の制約や政治的効果も計算しながら部分的に切り取られます。このようにして「制度・政策」の対象としてとりあげられる社会福祉問題を「対象化された対象」とよんでいます。もし、議会での力関係が社会福祉問題以外への事柄への対応を重視した勢力に優勢であれば、「対象化された対象」は当初の「対象」よりもかなりせまくなったりします。ここに公正・公平・民主という観点からみた妥当性が問われる事態も起こりえるのです。
 成立した「制度・政策」に基づいて「対象化された対象」に働きかけ諸サービスを行なう直接の担い手は「福祉労働者」です。これには、公務員の他、社会福祉法人等の職員が含まれます。福祉労働者は、自らの労働力を販売する労働者としての性格と、福祉労働を提供する専門的な担い手としての性格という二重の性格をもっています。
 同様に社会福祉施設・事業者も制度・政策のねらいに即して、「対象化された対象」にサービスを供給する役割を担い、それにより経営体として存立するための収入を行政から確保できる一面をもちます。そしてもう一つは、国民の生存権を保障する第一線の事業者としての国民的期待を担っている側面です。ここで生じてくるのは、@「対象化された対象」であるにもかかわらず、潜在化している人や、複合的な生活問題を抱えた人が自らの権利を行使し、権利主体として登場できるような、手間をかけた継続的な支援をどう行なうかという問題です。もう一つは、A生存権保障の対象は明白なのに、「対象化された対象」とはならず放置される人の権利侵害実態をどうカバーするのかという問題です。経営主義に走る社会福祉施設・事業者はこれには眼をつぶるでしょうし、その下で働く福祉労働者がその現実に気づいてなんとか業務レベルで対応しようとしても、経営的に損失を招くものなれば容認されないでしょう。しかし、生存権保障の最終責任を負う国・地方自治体はこのような問題にどう対応するのか、厳しく問われ続けなければなりません。社会福祉法人や非営利法人も、これらの問題に誇りと伝統を生かして問われる点でもあります。
−2−介護保険制度で始まった社会福祉事業の場の構造転換
 先にみたような、社会福祉の三元構造は今日も維持されていますが、介護保険制度の導入により「措置・措置費制度」が解体され、社会福祉法人以外の非営利法人や営利法人の参入が許可され利用者は細かく分解されたサービスを利用することになりました。また公的サービスの周辺に有料老人ホームやベビーホテルなどの商品や各種の私的保険商品の供給が広げられてきました。これは社会福祉サービスを必要とする対象が飛躍的に拡大してきたことへの政策的対応を意味します。公的社会福祉で対応する問題を選別し、他方で私的に購入するサービス商品を増やしてきました。こうして公的責任に基づくサービスの現物給付体制を崩してきたのです。これが「社会福祉基礎構造改革」だったのです。
 措置制度が中心だった時代には、公的責任によるサービスの現物給付が行なわれ、供給主体の職員は公務員に準ずると見なされていました。この場合は福祉サービスの境界領域が明確でした。ところが今では措置制度として残された領域と併存して、公的機関の関与の度合と責任が徐々に薄まり、曖昧となる境界領域(グレーゾーン)が形成されつつあるのです。ここには、公的責任が消えたわけではありませんが分散し薄められています。
 しかも、この場は企業サイドからは営利追求の市場として位置付けられる場にもなっています。しかし、公的サービスを必要とする人の立場からすれば、公的責任が果たされる場であり、それにふさわしい国民的立場からの規制と参加の機会をひらく特別な「場」となることが期待されます。「場」という表現を使ったのは磁場をイメージしました。「境界領域」が曖昧にされていても、政策意図に込められた磁力、参入する企業の論理や経営の磁力、生存権保障の磁力、そこの労働者の利害関心という磁力などが複合的に作用する磁場のように捉えられるからです。
 この場のなかでは、@施設・事業者は単独ではなく、民間企業、社会福祉法人、医療法人、NPO法人等が相互に競合し、棲み分けて併存しています。Aこれらの施設・事業者が展開する事業内容は行政のみならず、利用者・市民、第三者による福祉オンブズ活動などの監視を受けます。B参入した大手株式会社は投資効果を勘案しながら事業展開を行なっています。C従事者は、資格制度によるゆるい規制はありますが、養成校を含め広い労働市場で確保されます。労働者の側は就労条件や専門性を選択基準として就職先を決めます。D施設・事業者は、事業者としての認可が必要です。事業者に支払われる「補助金」や「報酬」等の額、サービスの利用単価は市場ではなく政策的に決定されています。E労働者の直接労働が事業の大半を占めるため、人件費と労働者の質が経営に直結します。措置制度の解体がすすむにつれて、経営者と労働者の緊張関係が高まるため、民主的で良識ある労使関係が必要となります。
 2000年に社会福祉事業法が社会福祉法に改定され、社会福祉法人には次の変更がなされました。社会福祉法第24条では、「経営の原則」として、「社会福祉法人は、社会福祉事業の主たる担い手としてふさわしい事業を確実、効果的に適正に行なうため、自主的のその経営基盤の強化を図るとともに、その提供する福祉サービスの質の向上及び事業経営の透明性の確保を図らなければならない」と規定されました。福祉事業分野に参入する企業には、「指定事業者」としての要件を満たせば、あとの規制は緩やかです。2007年に発生した「コムスン問題」で明らかなように、不正行為が問題となって、事業から撤退するだけの「始末」でした。営利目的で福祉事業に参入する企業を認めるのなら、社会福祉法人以上に厳しいペナルティが課せられるべきです。
−3−社会福祉基礎構造改革の権利主体への影響
 1990年代に提唱され、介護保険から実行に移された「社会福祉基礎構造改革」は、企業の参入により「選択の自由」と可能にする施設・事業者が増え、事業者相互の競争によってサービスの質の向上も期待できるものだと宣伝されました。障害者自立支援法導入の際には「就労自立」によって「障害者を納税者に変える」と宣伝されました。しかし、それらは実現されたでしょうか。いずれも空約束に終わっていると言わざるを得ない現実があります。介護保険制度は援助対象が個人となったために、家族や地域社会の「生活力」の引き上げや「生活関係」の確立を直接の課題にしないという限界を露呈しました。更に、応益負担、申請主義は要支援層・要支援課題の潜在化を招いた側面も否定できません。障害のある人個人に「就労自立」を迫るだけの支援では、その人の発達支援や生活支援などの制度に「依存しつつ自立する」課題が軽視されます。
 個人の自立や自由を強調するイデオロギーは、当事者が権利の主体として登場する流れを促進する結果をもたらした点も否定できません。2004年のアルツハイマーの京都国際会議において、当事者が多数出席して「これからは私たちを抜きにして何も始まらない」と宣言されました。2006年には、障害者自立支援法に対する異議申し立てにおいて「私たち抜きに私たちのことを決めないで」と主張されました。2007年には薬害肝炎被害者の会に結束した当事者が「被害者みんなを救うべき」と国を動かした動きも、この流れでした。
 社会福祉法人や医療法人のなかから、先にみたような当事者の人として生きる権利を尊重し、その保障のために先駆的に取り組む事業者も現れています。介護保険が始まる直前の1998年に、福岡県内の10の病院が「抑制廃止福岡宣言」を提唱し介護保険認定施設での抑制原則廃止の制度化の先鞭をつけました。また、自立支援法に対しても民間の事業者のなかには、当事者とともに法の見直し・廃止を訴える行動も多く生まれました。

V 社会福祉施設・事業の経営主体ごとの特質

 ここで、2004年に広島市内の介護保険指定事業者を対象に実施した調査結果を紹介しつつ、法人形態別の特徴を吟味します。そのことを通して、社会福祉事業者の経営の特性が見えてきます。
−社会福祉法人
 常勤職員率が相対的に高く職員研修に取り組んでおり、地域や利用者との連携を強め民間社会福祉の特性を維持して、貧困層や潜在ニーズに対応する従事者の労働を評価する法人がある一方で、事業経営の維持に終始する法人もみられます。ここにはミッション(使命)の自覚が構成員に共有されているか否かが影響しているようです。
−医療法人
 公開性、地域性は弱い事業者が多いという特徴がみられますが、常勤職員率の高さや専門性、規模のメリットを生かして認知症ケアや拘束廃止に意識的に取り組むところもあります。
−NPO法人、協同組合、有限会社
 営利追求の性格が弱い小規模事業者の場合は共通して、経営基盤は厳しく職員の常勤率も低く事業閉鎖したところもあります。有限会社では利用者の意見に敏感に対応しており、NPO法人では情報公開性が高くボランティア労働や地域住民(組合員)に支えられて存続しているところが多くあります。
−株式会社
 利用者の意向を意識して、サービスの質の向上のための職員研修には力を入れていますが、地域密着性や公開性が弱いという特徴がみられます。問題が生じると株主の利益を守るために事業から撤退し、従業員は失業させられる危険性が高いです。
−地方自治体直営施設、公社・事業団施設
 公立直営施設の民営化や、自治体が出資した公社・事業団の当該事業からの撤退や社会福祉法人への譲渡がすすんでいます。その論拠とされるのが「民間市場の成長を阻まない」という論理です。公立施設や事業団施設の場合、重度の人を広域的に収容していたために地域や利用者・家族との結びつきが弱く、このような動きに対して当事者からの抵抗が弱く歯止めがかかっていません。公設公営施設に施設整備の公的補助金対象としないという国の措置もこの流れを促進しています。また民営化がすすむと、公務員が福祉労働者でなくなり、福祉労働者の水準が公務員レベルにとどめる条件を壊していきます。
 広島市では、市が出資して設立された歴史あるホームヘルプ協会が2008年3月で閉鎖することが議会で決まりました。その際にヘルパーさんたちから、複合的な問題を抱えた人たちの支援や、問題を抱えながら孤立して福祉サービスの利用につながっていない人たちを掘り起こす支援に、即戦力として対応できるチームを区ごとに配置すべきと提案しましたが実現しませんでした。つまり、民間事業者では経営の制約から対応しきれないケースについて、前記のような支援や緊急対応の支援の役割が、地方自治体直営サービスに期待されていたのです。

W 非営利協同組識に期待される役割と行政の責任

 社会福祉の利用者・国民に寄り添い、協同しつつ、権利の発揮を支援する非営利協同組織とも言える社会福祉法人、医療法人、NPO法人や協同組合が社会福祉サービスの供給主体として果たす可能性は大きくなってきており、その今日的な役割と、それを支える行政の責任が一層明確にされなければならないでしょう。
−1−コムスン問題が示した営利企業の非適合性
 社会福祉基礎構造改革や規制緩和が進められる以前の措置制度のもとでは、措置事業において剰余金を生みだすことは禁じられ、措置費は年単位ごとに費消されることが前提でした。しかし、介護保険制度の導入により指定事業者は地方自治体福祉事業を代行する措置委託事業者から独立した経営となり営利企業の参入も認められ、施設整備補助金がなくされ、公務員との人件費格差を是正する補助金がカットされてきました。これを境に福祉事業者にとっては剰余の確保が困難となり、非常勤職員化による人件費の圧縮でしばらくは持ちこたえられました。しかし、障害者自立支援施設報酬の日割計算の導入、2006年の介護報酬の減額や自治体独自の人件費補助金カット等による経営難が広がりました。さらに、報酬単価制導入による福祉労働の断片化で、仕事の意義が薄らいできました。30歳前後で将来の展望がもてず退職する人が増えました。こうして、福祉・介護職場は2007年頃から人材面から困難に直面するようになってきました。
 このような事態は、営利を追求しようとして参入した株式会社にとって大きな誤算となり、不正をしてまで利益を確保しようとしたコムスンは、事業停止に追い込まれ、介護保険事業から撤退しました。「コムスン」問題は、介護事業が魅力ある投資先ではなくなったことを示し、そのような経営環境の下でも、利用者や地域のボランティアの支持で存続している社会福祉法人やNPO法人や小規模法人は、剰余金を確保できないなか、熱心な中核職員と非常勤職員の労働によって維持されています。しかし、職員を確保できない零細訪問介護事業所では廃業するところも増えています。
 このような経過をみれば、営利企業は利用者や従事者の地位には責任を負いきれない経営主体であることが明らかです。これに対し、非営利組織こそ社会福祉事業の信頼しうる担い手であることが証明されています。そのような経営体さえも、事業から撤退せざるを得ないところに追い込まれる事態に至る前に、政策転換を求める政治的な連帯のうねりが広がることが期待されます。
−2−生活を支え協同を組織する非営利協同組織
 福祉労働の対象となる人権侵害や貧困による「生活力」の衰弱の内容は個別的であり定型化されにくく、当事者の人格問題にも及んでいる場合があります。そのような人のよりよく生きようとする力を支えるには、個人だけでなく、家族の生活力をトータルにみた支援が提供されなければなりません。そのようなニーズの把握には「障害程度区分」や「要介護認定区分」といった尺度になじむものでもなく、パッケージ化された「疑似商品」として提供することにもなじみません。一人ひとりで異なる複雑な福祉問題に柔軟性と専門性をもって粘り強く対応できるような事業者の組織的力量を必要とします。更には、そのような実践に対する行政のバックアップを要請することも不可欠です。
 また、人権が侵害され貧困な状態におかれた人は家族・親族がなかったり、孤立していたり、権威主義的な関係にとらわれていたりします。その人の地域自体に共同関係が希薄になっていたり、共同関係があっても社会的に弱い人を排除する古い関係が生きていたりもします。そのような地域で事業活動をする場合には社会福祉サービスは個人を対象に提供されるにとどまらず、家族と地域の生活関係の活性化や民主化につながるような支援が必要となります。
−3−開拓的・研究創造的役割の発揮
 人権問題や貧困問題に対応する業務は、公的な財源による裏付けのある事業をこなすだけの事業者には担いきれません。当事者のニーズに応じる活動を通して現行の制度や援助技術の限界を発見に新たな制度課題や援助技術の研究に立ち戻り、当事者や住民と共に問題解決のソーシャルアクションを展開することも期待されます。このような「開拓的・研究創造的役割」の発揮には、利用者・住民・研究者との連携や専門的人材の確保が必要です。このような機能は社会福祉法人や医療法人のなかには実績がありますが、営利企業に可能かは未知数です。
−4−民間事業者を支える国・地方自治体のスタンス
 社会福祉は権利保障に関わる課題であり、必要とする人に必ず届けなければなりません。そうでないと、その人の命と暮らしが脅かされ、国・地方自治体は生存権保障の公的責任をはたさないことになります。国・地方自治体が直接的なサービス供給主体から撤退するのなら、援助を必要とする人に必要なサービスが必ず届けられるよう民間事業者を支援することで責任を全うするよう要請されます。個別の民間事業者が担いきれない支援困難ケースには特別に財源を手当てし、行政機関や専門家主導ではなく当事者の権利主体としての自立と住民連帯が強まる方向を共通目標に据えた支援を組織化する役割に転換されなくてはなりません。

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く その4
第4章 格差・貧困と社会福祉 (丹波史紀)


はじめに

 近年、「格差社会」という言葉を誰もが聞くようになってきました。日本はバブル経済が崩壊して以降、経済は低迷しました。失業率はいまは4%前後に高止まりしています。雇用形態も大きく変化し、非正規雇用が拡大し、日本人の働き方を大きく変えてしまいました。若者の二人に一人は非正規雇用です。「ワーキングプア」という言葉も当たり前のように人々の間で使われるようになってきました。様々な厳しい生活を強いられるなど、国民生活のあらゆる面で、ゆがみが明るみになってきました。
 しかし、私たちはこうした問題を、単に「格差」というだけで片づけるわけにはいきません。格差といえば人々の所得や生活水準の「差」に着目するのが特徴ですが、「格差があって何が悪い」と小泉元首相が言ったように、社会のなかに「差」があって当然だとされてしまいます。しかし、国民生活の様々なゆがみは、「貧困」として議論していくことが大事です。貧困という場合、その社会が容認できない生活の状態を指します。それは個人の問題ではなく、社会が解決すべき事柄です。
 国民生活のゆがみを格差としてではなく、貧困として語るかどうかは、実はその社会の成熟度にもかかわっているのです。

T 現代における貧困の諸相
−1−「おにぎりを食べたい」と言って餓死した男性
 2007年7月に北九州市で52歳の男性が生活保護を受けていて、その後辞退して数ヵ月後に、餓死状態で遺体で発見されるという事件が起こりました。この男性は、糖尿病を患い、タクシー運転手の仕事を辞めざるを得ず、ライフラインが停められ生活に困窮。一旦は保護受給に至るものの、まもなく福祉事務所のケースワーカーから就職指導を受け、男性は「自立して頑張る」と辞退届を出しました。男性は日頃から日記をつけており、その後肝硬変を患ってやせ細り、「おにぎりをたべたい」と日記に書き残し、数ヵ月後にミイラ化した遺体が発見されました。
 北九州市では、2006年に56歳の障がいのある男性が、福祉事務所に度々保護申請を訴えていたが、親族扶養をたてに保護申請書すら渡されず、衰弱してミイラ化した状態で遺体が発見された事件など、同様の事件が複数起こっていました。そのため、「ヤミの北九州方式」と呼ばれ、全国的にも大きな注目と批判を浴びました。
 しかし、これは北九州市に限ったことではありません。全国の福祉事務所が親族扶養や稼働能力の活用を過度に期待し、要保護者の生活実態をふまえず、窓口で追い返すことを繰り返しています。その背景には、1980年代以降、「生活保護の適正化」として、不正受給を警戒するあまり相談に来た人を疑いの眼差しでみる風潮が常態化しています。日弁連の「生活保護110番」では、電話相談に寄せられた634件のうち、保護申請を断られた180件について検証したところ、66%にあたる118件が自治体の対応に違法性があるとしています。
 バブル経済の崩壊以降、日本経済の低迷を背景にして、2006年度の保護受給者は約151万人、保護受給世帯でみても108万世帯となっています。保護率も1995年度の7.0%から上昇し、2006年度には11.8%となっています。しかし、日本の保護受給の現状は、諸外国に比べても圧倒的に少なく、保護を受けるべき状態にありながら、保護を受けていない人がたくさんいます。要保護状態にある人が実際に保護を受給している割合を示す「捕捉率」はイギリスでは8割以上と言われていますが、日本では多く推計しても2〜3割程度という状態です。生活保護制度は、わが国の社会保障制度がもつセーフティネットの機能の根幹に関わる制度ですが、その「網の目」からこぼれ落ちてしまう人がたくさん存在しているのが実態です。
−2−「世界一の働き者」でありながら貧困から抜け出せない母子家庭
 現在日本の母子家庭は約123万世帯ですが、その母親の84.5%(2006年段階)は働いています。この就労率は諸外国に比べ格段に高く、「世界一の働き者」と言っても過言ではありません。
 しかしその実態をみると、働きながらも貧困・低所得から抜け出せないでいる実態がうかがえます。2005年でみると、母子家庭の年間収入は213万円、一般世帯の4割にも満たない状況です。働く母親の半数近くは臨時やパートなどの非正規雇用です。そのため暮らし向きについて、「苦しい」「やや苦しい」をあわせると8割にまでのぼっています。
 こうした母子家庭への社会手当として児童扶養手当が大きな役割を果たしてきました。しかし2002年から母子福祉政策が大きく見直され、児童扶養手当制度が全額支給を5年間に限定し、それ以降は一部支給へと減額されることになりました。その支給要件も従来年収204.8万円未満の場合には全額支給でしたが、この所得限度額を130万円未満にまで引き下げました。さらに2006年度からは、児童扶養手当給付費負担金の国庫負担を、これまでの4分の3から3分の1にまで引き下げました。また、生活保護制度における母子加算も見直し・廃止が行なわれ、2005年度からは15歳未満の子どものいる家庭に限定し、それ以上の子どものいる世帯については3年間かけて段階的に廃止しました。更に、2007年度からは15歳未満の子どものいる家庭についても、母子加算を3年間かけて段階的に廃止し、その一方で、母子世帯のうち、現に就労しているかもしくは職業訓練等に参加している場合にだけ、「ひとり親世帯就労促進費」という制度に見直しました。
 政府は、従来の所得保障中心から就労自立の支援へと政策転換を図りましたが、実態は好転しているとは言えず、不安定な雇用と低所得構造から抜け出せないでいます。
−3−子ども期の貧困
 2006年1月の朝日新聞の一面で、公立の小中学校における学用品や給食費、修学旅行などの就学援助を受けている児童・生徒数が、2004年度までの4年間に4割近くも増加していることが報道されました。受給率の全国平均は12.8%です。就学援助は生活保護基準の1.1〜1.3倍程度を基準としています。生活保護制度は、税・社会保険料あるいは医療費等の負担がなく、こうした費用を含めると生活保護基準の1.4倍程度の水準が、生活保護基準と同様の消費水準と言われています。とすると就学援助を受けている世帯は生活保護と同等の低所得階層と言えます。こうした子育て世帯のボーダーライン層がこれほど多く存在しているとも言えます。
 この報道は社会的反響も大きく、その後給食費や保育料の未納問題などを含め、様々なメディアで子ども期の貧困の問題が取り上げられるようになりました。
 また、東京都教育委員会が2005年1月に実施した都内公立学校に通う小学5年生と中学2年生全員を対象にした学力テストでは、足立区の児童の成績は、いずれの教科でも都全体の平均点を下回り、都内23区中最低ラインとなっていました。この区の児童は、就学援助の受給率42.5%と高く、親の経済水準によって学力にも格差が拡大していると言えます。
 さらに、大阪府社会保障推進協議会の調査によって、保護者が国民健康保険の保険料を滞納しているために、資格証明書を発行されるなど、事実上の「無保険状態」にある乳幼児や小中学生が大阪府内に1728人にのぼることが発表されました。親の経済状態によって、病気の際に病院にかかることができない子どもたちが多数存在することが社会問題化しました。厚生労働省も全国的な調査を行ない、「無保険状態」にある子どもたちが全国で約33000人にのぼることがわかりました。
−4−健康における格差・貧困
 健康における格差と貧困も大きな課題です。現在、国民健康保険の加入世帯数は、日本の全世帯の約半数にあたる2530万世帯です。加入人員でみても約5000万人が加入しています。国民健康保険は、国民生活を支える医療保険制度の重要な一つですが、この制度が大きな課題を抱えています。
 2005年11月、福岡市内の病院に50歳代の乳がんの女性が運ばれました。女性は国民健康保険料(国保料)を滞納していて、受診したときは「おっぱいが3つあるほどはれていた」ということでした。また、会津若松市に住む女性は、2007年に国保料の滞納を理由に息子名義の生命保険を差し押さえられました。同市の国保滞納世帯は約3700世帯で、うち580世帯が差し押さえなどを受けています。人口13万人の同市は、国保加入世帯が約2.5万世帯。そのうち年間所得100万円以下の世帯は57%と半数以上が貧困・低所得世帯といえます。
 もともと国民健康保険施行令では、世帯主や家族が「病気にかかり、又は負傷したこと」「世帯主が事業を廃止し、又は休止したこと」などの場合、「特別な事情」として資格証明書を交付しないとしています。しかし、病気中の人にまで資格証明書を発行しているのが実態です。
 全国的に見ると、2005年で国保料(税)の滞納世帯は約470万世帯で滞納率18.9%となっています。2000年の制度改正により、国保料(税)を1年以上払わない世帯に対し、これまで自治体の裁量で行なわれてきた「資格証明書」の発行を義務づけました。1年半以上滞納している場合、全部または一部の支払いを一時差し止めることを義務づけました。これにより、資格証明書の発行が急増し、病院にかかることができなくなる人が増加しました。資格証明書の発行は、2000年に約9.7万世帯であったのが、2006年には約35万世帯へと急増しました。短期保険証の発行も2000年の約40万世帯から、2006年には約122万世帯となっています。資格証明書の場合、窓口負担がいったん全額負担しなければならず、医療機関へのアクセスを著しく制限させます。この20年間の国保料(税)は約2倍にまであがり、ひとり平均約8万円となっています。1965年度の国保加入者は、農林水産業が42.1%、無職者が6.6%でしたが、2005年度でみると、農林水産業が4.4%、無職者が53.8%で、加入者の多くは年金生活者や失業者あるいはフリーターなどの非正規雇用者で、そもそも低所得階層の多くによって保険財政が運営されているという構造的な問題があります。自治体は国の財政負担が減り続けるなかで、一般財源などで国保財源の補填を行なってきましたが、それも困難な状況です。

U 日本は貧困にどう向きあってきたか
−1−現代の貧困問題の背景にあるもの
 1970年代頃のイギリスでは、ピーター・タウンゼントなどによって盛んに「貧困の再発見」に関する議論が行なわれました。生理的な生存の水準によって貧困を定義してきたこれまでの「絶対的貧困」の議論に対し、生活様式・慣習などの変化に対応し、人間としての尊厳が保たれ、社会から「剥奪」されていないかどうかという視点で貧困を捉えようとする「相対的貧困」の議論が登場しました。他の国々では、繰り返し貧困に関する議論を行ない検証してきました。しかし日本では「豊かな社会」という名の下に、貧困に関する議論は陰を潜め、貧困の定義そのものが変化してきていることを日本では十分に検証してこなかったとも言えます。
 しかし、今日における格差と貧困をめぐる状況は、それにとどまらない社会的背景があると言えます。それは、1990年代後半から始まった「財政再建」の名による構造改革路線です。1995年に日経連が出した「新時代の『日本的経営』」では、労働力の「弾力化」「流動化」を進めることをねらい、今後の日本の労働者の雇用形態を3つのグループに分けることを打ち出しました。@管理職や総合職、基幹的な労働を担う「長期蓄積能力活用グループ」を期間の定めのない正規雇用とし、A年俸制や成果主義による給与体系の「高度専門能力活用グループ」と、B時間給などで一般職や販売部門等を担う「雇用柔軟グループ」の2つについては、有期雇用契約による非正規雇用に位置づけました。
 また、構造改革路線を決定づけたのが、小泉内閣のもと、経済財政諮問会議によって出された「骨太方針」です。この政策は、経済、社会など様々な分野における構造改革を進め、「聖域なき構造改革」として、あらゆる分野において規制緩和を行なっていきました。例えば、はじめに出された2001年の「骨太方針」では、(リストラなど)「構造改革に伴う雇用への影響を最小限にするため」に行なった方針は、「派遣、有期雇用、裁量労働、フレックス就業等の多様な就労形態を選択することが可能になるような制度改革」です。例えば、1999年の労働者派遣法の改正により派遣業種を拡大し、2004年の同法改正でさらに製造業も派遣業種として解禁しました。こうして、雇用の悪化に対し、失業やリストラによる「雇用の流動化」を一層すすめ、日雇い派遣や非正規雇用を拡大させ、「ワーキングプア」を創り出していったのです。また社会保障・社会福祉では、医療、介護、福祉、保育などの分野を中心に、競争原理に基づく民営化・市場化が一層すすめられていきました。こうした構造改革路線は国民生活を安定させるのではなく、ますます不安定なものにしていきました。
 構造改革路線は、大企業や投機的な資本に手厚く、国民には一層の負担と自助を強要し、国民生活に様々な矛盾が出始めました。今日の「格差社会論」が登場するのには、こうした背景があります。しかし当初は、小泉元首相が「格差があって何が悪い」と開き直ったように、「格差」は個人の「努力不足」の結果であるように言われ、格差は当然視されていました。構造改革の名の下に「自己責任論」がばっこする風潮でしたが、国民の間に格差拡大を懸念する声が高まってくると、次第にそうした声も変わってきました。
 小泉内閣の後に登場した安倍内閣では、これまでの風潮は潜め、「格差是正」を行なうための「再チャレンジ支援」がうたわれました。とくに安倍内閣のもとで出された「骨太方針2007」(経済財政改革の基本方針2007〜「美しい国」へのシナリオ〜)では「成長力底上げ戦略」が打ち出されました。そのうちの大きな柱である「就労支援戦略」では、「『福祉から雇用へ』推進5か年計画」の策定・実施が盛り込まれました。その内容は、母子家庭世帯、生活保護世帯、障がいのある人などの就労移行に関する5年後の具体的な目標を設定し、計画を推進していくこと。また、授産施設などで働く障がいのある人の工賃水準を引き上げるとともに、一般雇用への移行をすすめるというものでした。
−2−就労中心の「自立支援」で貧困は解決するか
 格差と貧困が顕在化し、圧倒的に多くの国民が生活に不安を感じているなかで政府が行なった対応は、「福祉から雇用へ」とするワークフェア政策でした。
 とりわけ強調されたのが「自立支援」という考え方です。その内容は「就労による自立」に偏重させたものでした。例えば、生活保護における自立支援プログラムは、「就労自立・日常生活自立・社会生活自立」と自立を提示したことは、生活保護行政においては画期的なことでしたが、始まった2005年当初は就労自立中心で、他の自立のプログラムはなかなかすすみませんでした。また、障がいのある人の福祉の分野においても支援費制度が見直され、2006年4月からスタートした「障害者自立支援法」では、授産施設や作業所等からの一般就労への移行を打ち出しました。母子家庭に対する施策でも2002年に母子及び寡婦福祉法と児童扶養手当法が改正され、これまでの「経済給付中心」から「就労による自立」を支援する施策へと転換を図りました。
 もともと自立支援の考え方は、2000年に成立した社会福祉法に規定されているように「個人の尊厳の保持を旨とし、その内容は、福祉サービスの利用者が心身ともに健やかに育成され、又はその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるように支援するもの」(社会福祉法第三条)と理解されてきました。しかし実態は、構造改革路線を一層推進し、国民への自助努力を強調し、就労による自立を図ることが求められました。  自立は、単に就労によるものだけではありません。自立は、社会保障・社会福祉によって国民生活が守られることにより、個人の能力が発揮され、社会生活への参加がすすみ、生活の自由が拡大するものでなければならないはずです。しかし、行なわれた政策は、生活保護基準の引き下げや老齢加算・母子加算の廃止、母子家庭への児童扶養手当の削減、障がいのある人の福祉サービス利用を応能負担から応益負担にして負担を拡大させるなど、給付の削減と負担の強化が一層すすめられてきました。その代わりに登場したのが、就労支援です。
−3−就労支援で「自立」はできるのか
 では果たして就労支援によって、「自立」はできるのでしょうか。こうした疑問をもとに、筆者は就労支援を受けた母子家庭の追跡調査をしました。
 調査は、2002年改革で就労支援の「目玉」として全国の都道府県・政令市・中核市に設置するとした母子家庭等就業・自立支援センター(以下、センターと略)の利用者の追跡調査です。大阪府と福島県の2府県で調査しました。
 調査の結果からわかったことは、センター利用者の多くは無職であり、そのなかの多くの人は働くことができ、調査時点で働いている人も8割存在していました。しかし、どちらの自治体の利用者も、働いている人の6割以上がパートや臨時あるいは派遣社員などの非正規雇用でした。そうして得た月の勤労収入も、15万円未満と答えた人が、大阪府では6割、福島県では8割という状況でした。また、どちらも約4割の人が就労支援を受けて2、3年の間に転職を経験していました。
 現在の就労支援策を通じて、仕事に就くことはできたとしても、それはパートや派遣などの非正規雇用が殆んどです。また、本人や家族が病気や障がいを抱えていたり、将来の生活や子育てなどでの不安を抱えながら生活しています。なかには生活費を借金で補っている人もいました。たとえ正規社員であっても、低賃金であったり、会社の理解がなく子育てとの両立に悩んでいる人も多くいました。また少なくない人がホームヘルパーなどの資格をもっていました。しかし、多くの人たちは、たとえヘルパーの資格をもっていても、登録型で収入が不安定だったり、施設などで夜勤やシフトの勤務があるために、小さな子どもを抱えながら仕事をすることは困難で、資格を生かしきれていませんでした。単に資格を取らせるだけでは就労に結びつかないケースも多く、そこには、生活や子育てを自助努力だけでは解消できず、生活上の課題を抱えて就労を阻害する要因がありました。職業能力をアップするだけでは解決することができない、生活や子育てなどの社会的な支援が必要であるということです。
 行なわれる就労支援は、仕事を有していない人には一定の効果は認められますが、貧困を抜け出せるような労働と生活の支援にはなり得ていません。これをどうして「自立」と言えるのでしょうか。

V 動き始めた当事者たち

−1−『蟹工船』ブーム――共感し行動する若者たち
 約80年も前に書かれた小林多喜二の『蟹工船』が、いま書店に山積みにされ次々に若い人たちに買われていきます。メディアでは、なぜ若者たちがいま再び『蟹工船』を読むようになっているのかを驚きをもって取材・報道しています。例えば、朝日新聞では「今、若者にウケる『蟹工船』貧困に負けぬ強さが魅力?」と題し、派遣や不安定な雇用状態におかれている現代の若者たちが、カニ漁で過酷な労働を強いられながら、それに立ち向かう労働者への共感として報じていました。
 そしてそれは共感から行動へと変化してきています。禁止されている建設や警備などへの派遣や派遣先から別の会社に派遣される「二重派遣」という違法行為を繰り返してきた大手人材派遣会社の「グッドウィル」や「フルキャスト」が相次いで事業停止命令を受けました。倉庫内で危険な作業を行なわせ、作業をしていた男性が大けがをしたにもかかわらず救急車を呼ぶなどの対応をしなかった事件では、「グッドウィル」が違法な港湾労働へ「東和リース」という会社を介して二重派遣を行なっていた事実が男性の告発によって明らかになりました。2006年、キャノン宇都宮光学機器事業所で「偽装請負」が行なわれたとして告発したのは30歳代の男性でした。翌年、キャノンは派遣・請負労働者3500人を直接雇用すると発表せざるを得ませんでした。また、松下プラズマディスプレイでも「偽装請負」を30歳代の男性が告発し裁判に発展しました。発光ダイオード大手の日亜化学工業でも30歳代の男性が偽装請負を徳島労働局に申告。3年以上働く請負労働者について直接雇用をすると会社側が申し出たため同申告は取り下げられましたが、採用試験で申告した請負労働者たちが落とされるなどの不当な扱いをされました。
 こうした「偽装請負」などの違法行為に勇気を持って告発したのは若者たちでした。告発した若者の多くは、その後企業の悪質な対応により不当な扱いを受けることになりましたが、勇気ある告発が違法状態にある派遣労働等の実態を社会問題化させ、不十分ながらも政府に労働者派遣法の見直しを言わざるを得なくさせる譲歩を引き出すなど、情勢を変化させるきっかけを作りました。
−2−児童扶養手当削減を阻止したシングルマザーたち
 前述の2002年の児童扶養手当法の改正では児童扶養手当を「離婚後の激変期に集中的に対応するもの」として大幅に見直し、「全額支給」の給付期間を5年に限定したり、支給要件の基準を大幅に引き下げるなどしました。その代わりに登場した就労支援では、2003年から5年の時限立法で、「母子家庭の母の就業の支援に関する特別措置法」が制定され、就業支援の強化が行なわれました。2002年の制度改正では、5年の時限立法を経た上で行なわれる「予定」がありました。それは、児童扶養手当の受給が5年を経過している場合、手当額が2分の1を超えない範囲で減額されるというものでした。
 しかし、この5年間で母子家庭の実態は大きく変わらず、前述のように、現に9割近く就労している母子家庭の就労と生活の環境を改善するものではありませんでした。特別措置法では政府は毎年、各年度における母子家庭への施策に関する文書を国会に提出しなければならないとされていますが、提出された「母子家庭の母の就業の支援に関する年次報告」では、就労支援を行なっても母子家庭の生活状況に改善が見られないことを示していました。
 こうした事態に対し、母子寡婦福祉団体や「しんぐるまざーずふぉーらむ」などの母子家庭の当事者組織、更には、支援業務を担う地方自治体などからは、2008年度からの児童扶養手当削減に反対の声が上がりました。世論の高まりを前にして、政府・与党は前記削減を当面「凍結」すると言わざるを得なくなりました。
 ただし、この問題に対する与党のプロジェクトチームの方針等でも、「就労意欲のない」と認められる者以外を適用除外にするとしたために、政府は各自治体に「児童扶養手当一時受給停止適用除外事由届出書」を母子家庭の母親へ提出させる措置を行ないました。そのため、書類の提出がない、あるいは就労しているか求職活動を示す書類等がない場合には、手当額を削減されかねない事態となっていました。しかし、実際の事務を担当する自治体や当事者団体などからも、書類内容が難しく提出書類も煩雑であるため、書類が未提出の母子家庭も多く存在しているとして、事務の簡素化を求めていました。さすがに一部与党からも事務簡素化の声が上がり、政府も対応をせざるを得ませんでした。
−3−朝日訴訟以来の「第三の波」となる生活保護裁判
 1990年代以降、各地で行なわれる生活保護裁判は、その殆んどが原告勝利におわり、戦後行なわれた生活保護裁判闘争のなかで、朝日訴訟の「第一」、藤木訴訟や堀木訴訟の「第二」に続く「第三の波」として、全国各地に大きなうねりとなって巻き起こり、現在の生活保護行政の改善に大きな役割を果たしてきました。
 この背景には、1980年代に行なわれた生活保護の「第三次適正化政策」があります。保護受給者や窓口に訪れる相談者を疑ってかかり、関係先調査の一括同意を求める「包括同意書」の提出を義務づける「一二三号通知」が保護申請を著しく制限しました。いわゆる「水際作戦」を全国の福祉事務所で常態化させていきました。裁判の広がりは、人権を侵害され、保護の支給停廃止などを受けた人のやむにやまれず出された抗議の声と言えます。
 先駆けをつくった秋田・加藤訴訟は、身体障害者手帳2級を所持する加藤さんが、入院などの際に必要な付き添い看護費用のために貯金していた80万円余りの保有を理由に、保護の廃止を受けました。その後、福祉事務所に抗議して保護廃止は撤回されたものの、貯金のうちの27万円を収入と認定して保護を減額し、さらに45万円は墓石代等にあてるよう文書指示が行なわれたことを不当として1990年に処分取り消しを求めて秋田地裁に提訴したものです。秋田地裁は加藤さんの主張を全面的に認め、勝利した裁判です。
 それ以外にも、病院を退院したとたんに生活保護を廃止するのは不当とした京都・柳園訴訟や、高校就学費用として貯めていた学資保険を収入認定したことは不当として行なわれた福岡・中嶋訴訟、完全四肢マヒの重度障がい者で認定された他人介護費だけでも足りない上に、母親の残した年金が収入認定されたことは不当として金沢市の高(たか)さんが起こした金沢・高訴訟など、いずれの裁判でも原告の主張が認められ、勝利をおさめています。とりわけ、福岡・中嶋訴訟と金沢・高訴訟は、最高裁でも原告勝利となり、生活保護裁判史上画期的なものでした。その後、福岡・中嶋訴訟の判決を受け、国は生活保護の生業扶助に「高校就学費」を新設し、生活保護受給世帯の子どもたちの教育保障のきっかけともなりました。裁判を通して保護受給世帯の権利を改善させただけでなく、現実の保護行政を大きく動かし、多くの人たちを勇気づけました。こうした全国各地で提起された生活保護裁判を支えようと、弁護士や研究者、市民などによる「全国生活保護裁判連絡会」が結成され、各地の審査請求や裁判の支援を行なっています。
−4−貧困をなくそう――反貧困ネットワーク
 非正規雇用など不安定な雇用環境で働く若者、貧困から抜け出せない母子家庭、人権救済を求めて裁判活動をする生活保護受給者以外にも、貧困をなくそうと各地で運動が広がりを見せています。多重債務者支援の活動、障がいのある人、ホームレス、DV被害の女性など、貧困に苦しむ様々な人びとが連携し、反貧困のネットワークが形成されています。こうしたネットワークのなかには、連合や全労連などの労働組合のナショナルセンターや、個人加盟のユニオン、生活保護や多重債務問題に取り組んできた弁護士や司法書士、さらには現場の生活保護ケースワーカーなど、「反貧困」の一点で思想や立場の違いを超えてネットワークに参加してきています。2007年3月には東京で、「もうガマンできない!広がる貧困」と題し、全国的な集会が行なわれ、翌年の2008年には、「人間らしい生活と労働の保障を求めて、つながろう!」と反貧困の全国キャラバンを展開しました。これまで貧困問題にそれぞれの視点から取り組んでいた当事者たちが、ネットワークを形成し、大きな運動のうねりとなりつつあります。

おわりに

 現在の格差と貧困の広がりの前に、多くの人たちは「希望」を見い出せないでいると言われています。「がんばれば」は過去のこと。今はがんばっても貧困から抜け出すことに見通しがもてず、自分そのものを内面から「排除」してしまう人たちが少なくありません。貧困は社会的な問題であり、その解決も社会の責任です。
 前述の貧困の解決に向けて立ち上がった人びとの多くも、悩み、自身では何ともならない閉塞感にかられていました。しかし同じように悩む人がいる、悩みに思いを寄せ、寄り添ってくれる仲間がいる。そのなかで人とつながり自らも貧困を解決する「当事者」となっていったのです。
 現実は決して単純ではありません。貧困を解決していくのには様々な困難と壁が立ちはだかるでしょう。しかし同時に、現状を打開する可能性も広がっています。前述の立ち上がった当事者たちは、困難ななかでも現状を変えることができると示してくれました。「誰かの問題」ではなく、「私たちの問題」として、貧困解決の当事者のひとりに私たちはなれるでしょうか。

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く コラム

コラム さまよえる現代のケアをこえて (垣内国光)
 対人援助のケースワークを業とする福祉や保育における専門性を論ずる際に、必ず出てくるのが処遇の質あるいはケアの質という類の議論である。福祉や保育になにがしかの専門性があるとすれば、それはどのような専門性なのかさえ明確に定義づけることができないというのに、処遇の質だのケアの質などという議論が重なってくると、頭の中は混迷の度を深めていく。

T 質の良いケアとは

 はっきりと分かることは、福祉や保育におけるケアは、社会的にケアを必要とする人や子どもに対する価値感をもった相互性のある行為と感情作用であり、福祉労働者(ここではその代表として介護労働者や保育労働者を前提としよう)を媒介して実現するものであって、その質は福祉労働者の専門性に依存するということである。
 だが、福祉の場合、生活を支える専門性であるだけに、どのような専門性が良い質のケアを実現させるのか、ということになるとふたたび議論は迷走してしまう。
 とはいえ、現実の実践を見ると、確かに質の良いケアは存在する。それが一部でしかないにしろ、高い専門性を身につけ質の高い実践をしている福祉労働者が存在する。
 筆者がかかわる保育分野について考えてみよう。
 若い時にはそれほど決定的な違いが見られないことが多いが、一定の経験を積んだ保育労働者のなかには、確かに優れた実践(ケア)を展開する力を持つ一群の人びとが存在する。
 その保育を受ける子どもたちは生き生きとしており毎日が楽しさ悔しさ悲しさに彩られ、緊張感あふれる局面がある一方で受容された生活を楽しみ、自我と自信が確実に形成されているように見える。保育者と子どもたちの関係は心地よいものであり、共感的関係が形成され、ともに生活を楽しんでいるように見える。
 そうでない保育とどこが違うのか、専門性のどこが違うのか、これに答えることはきわめて難しい。だが、職人芸にも見えるが、そうした実践はある地域や保育園に集合的に存在することが多く、その専門的能力は習得することができるようにみえる。
 介護の場合も同様である。「あの人に介護して欲しい」「あそこを利用したい」という要望は、どの事業所、地域にもある。同じようなケアをしているように見えるが、受け手の側の評価はかなり異なることが多い。良い介護とそうでない介護とはどこがちがうのだろうか。

U ケアにおける行為と“思い”の分裂、そして統合

 もともと子育てや介護の世話は家族や地域共同体の共同のなかで行なわれてきたものであり、家族と地域コミュニティのもつ力量の範囲において対応されてきた。資本主義の進展にしたがって、核家族やひとり暮らしなどに見られるように家族が縮小し、地域共同体から個が切り離され、互いが理解しあって共に暮らす能力が低下するにつれ、保育や介護の世話は社会化し、家族以外の人びとが担うこととなる。
 今日の福祉や保育におけるケアというのは、このようにして外部化された世話を当事者ではない人びとが担う公共的な営為を指している。ケアの質などという言い方は、明らかに第三者によって提供されるものに限られる。家族によって提供される世話にそれはなく、評価を伴う必要性がないからである。
 当事者によって世話が行なわれていた際には、当然ながら、世話をする行為と世話をしたいという“思い”とは一体化している。世話の外部化、即ち社会的なケアの成立によって第三者が登場することで、世話をする行為と“思い”とが必ずしも一致しなくなる。行為と“思い”とが分裂するのである。そこに、現代社会のケアの問題が潜んでいる。
  「まるで身内のように世話をしてくれた」
  「私以上にこの子のことを理解してくれて・・・」
 そして、ケアする側も同じような思いを抱く。
  「何もできないけれど、ともに歩んでいこうと・・・」
  「あるとき、この子がなぜそうした問題行動を起こすのか、理解できたそのときから・・・」
 このような例を見ると、ケアを必要とする人とケアをする人との関係性、なかでもケアする人の姿勢や思いがケアの質に決定的な影響を与えていることが分かる。
 一見、素朴な実践であっても、ケアを必要とする人が「この人は私のことを理解してくれている」と受容され、ケアをする人が「解決はできないけれどこの人のことが分かるからこそ、もっと良いケアをしてあげたい」という強い欲求をもっている場合は、そのケアの質は悪くないと言えるだろう。
 なぜ、そうした欲求が生ずるかは、筆者の観察する限りでは、その欲求が自己満足的なものではなく、ケアする人の人生にとっても意味をもつような何かに基づくもののように思われる。
 良質のケアには、家族のそれとは明らかに違うが、ケアする人のある種の思いがあふれており、行為と“思い”とが統合されているように思えるのだ。

V ケアの欲求と自己実現性

 こうしてみると、福祉や保育におけるケアの歴史というのは、外部化することで分裂した行為と“思い”をいかにしてより高次のレベルで社会的に統合するかの歴史でもあったのでかないか。それは専門性向上の闘いと軌を一にしているように思われる。
 家族と同じような“思い”を抱くことはできないが、プロだからこそ、より客観的に相手を丸ごと深く理解し、よりよいケアがしたいという欲求を持てるのであり、その欲求は、現代の特に質の良いケアには欠かすことのできないものだと言っても過言ではない。
 このケアにおける欲求がケアの社会的意味の自覚(ミッション)によって裏打ちされたとき、ケアの専門性が最も高度に発揮されると考えられる。
 福祉的なケアだけに言及したのではないが、ミルトン・メイヤロフがケアについて次のように語っていることが参考になる。
 「他の人びとをケアすることを通して、他の人びとに役立つことによって、その人は自身の生の真の意味を生きているのである」
 「私たちは、自己実現を図るために他者の自己実現を助けようとするのではなく、他者の自己実現を助けることが、とりもなおさず私たちの自己実現につながるのである」
  (ミルトン・メイヤロフ、田村真・向野宣之訳『ケアの本質−生きることの意味』1987年、ゆみる出版)
 ケア労働の専門性の核にもこのようなことが確かにある。援助する援助されるという関係を超克した相互性のある自己実現の世界である。関係性が構築できないとき、自己実現ができないとき、そのケア労働は辛さのルツボと化す。こうしてケアの労働は振幅の激しい労働となるのである。

W さまよえる現代のケア――行為のみのケア

 だが、このケアをする人の“思い”(欲求とミッション)を空洞化し否定する動きがあらわれている。行為としてのケアに限定してサービス提供しようとする企みである。これまで非市場的な社会的共同事務として位置づけられてきたケアを市場システムに組み込もうとする動きである。
 福祉保育を営利の対象とする市場化政策では、福祉労働者が「もっと良いケアをしたい」「この子の権利を代弁したい」などという欲求やミッションをもってもらっては困るということである。それに応えることは、介護や保育の生産性を低め、市場化に対抗するベクトルを生み出すからである。
 そのためには、ケアを担う人びとがケアを必要とする人を理解することを封殺しなければならないということである。相手理解がなければ相手への内発的なケア欲求もミッションも生じない。
 欲求とミッションがなければ、ケアを担う人びとをマニュアル化パッケージ化された福祉サービスの行為供給ロボット化することが容易である。ケアの断片化標準化が進められ、ケアの生産性向上のみが追及される。新たな福祉労働者の出現である。
 魂を奪われたケアワークはどこへいくのであろうか。否、そもそもケアを必要とする人を目の当たりにして、相手を見ないで行為することができるのであろうか。ケアワーカーが何も思わないでいることができるのであろうか。

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く その5
第5章 平和・福祉思想としてのノーマライゼーション (鈴木 勉)

 ――生成とその展開――

はじめに

 ギリシャ神話に、貪欲と独善を揶揄されたミダス王の話があります。体に触れた物すべてが黄金に変える能力を授けられるのですが、すぐにその不都合を感じてその能力を解いてもらう話です。
 この話を思い出したのは、「すべてのものを商品に、そして黄金に」といわんばかりの新自由主義的グローバリゼーションが引き起こしている社会的災厄を眼前にしているからです。2007年夏のサプライムローンの破綻をきっかけに、巨額の投機マネーが原油や穀物などの商品市場に流入し、生活物資の価格高騰をもたらしています。
 前述のミダス王は紀元前8世紀頃の人といわれますが、権力者がもつ野放図な黄金欲求と独善性は現代でもあまり変わっていないと感じるとともに、それらに対する法的・社会的規制を強化しないと、環境破壊以前に地球的規模での破局に見舞われるのではないかと、強く危惧しています。
 本稿では、現在の経済政策はもとより福祉政策にも浸透している新自由主義の「平等」観を応益負担原理に見い出し、そのよって立つ権利観を批判するとともに、障害のある人の問題の解決の指針として登場したノーマライゼーション理念以降の平等思想の発展を跡づけ、2006年12月国連総会で採択された「障害のある人々の権利条約」(以下「障害者権利条約」と略)における平等回復措置を検討します。

T 新自由主義的「平等」論としての応益負担原理
 ――同一商品(サービス)・同一料金――

 介護保険制度や障害者自立支援法(以下「自立支援法」と略)に導入された応益負担とは、サービス利用者の所得の多寡を問わず、「同一商品(サービス)・同一料金」という原則に立って、利用者に「平等」に負担を強いる考え方です。福祉サービスの特殊性を一切顧慮することなく、サービス利用によって「私的利益」を享受するのだから、その「対価」である応益負担金の支払いを当然視するのです。つまり福祉サービスを市場における商品と同一視しています。
 また、措置制度を廃止して導入され、介護保険制度と自立支援法に採用された利用契約制度は、当事者の「自己決定」「自己選択」を具現化するためとして、サービス提供者と利用者を直接契約の関係に置くことになりました。利用契約制度とは、トラブルやミスマッチが起きても責任は契約当事者が負うものとして公的責任を発生させない方式です。また、契約には「契約自由」の原則があてはまるので、事業者が手のかかる利用者と契約を結ばないことも違法にはならないのです。国際的に類例を見ない利用契約制度は、自己決定権という自由権の中核をなす概念を掲げることで、生存権などの社会権の国による保障責任を回避することに目的があると言えます。
 しかし、福祉サービスはそれを「受給する権利を得て初めて選択や決定が可能となるのであって、サービス受給権という社会権の保障を欠いては、選択権や自己決定権などの自由権はそもそも行使のしようがない」というべきです。このような内的関連をふまえれば、利用契約制度は自由権の名によって社会権を否定する手法として、新自由主義的構造改革の現れの一つとして位置づけられます。
 従来は是正の対象となっていた「階層間の所得格差」などが、今日ではそれらの格差を「自己責任」というツールによって当然視して放置するだけでなく、憲法14条に由来する平等原理と25条の生存権にもとづいて形成されてきた格差是正措置(制度)を破壊する段階へとエスカレートしています。筆者は労働能力が形成される以前に重い障害を負った人々は、生活における「自己責任」を果たすべき賃金収入等がないがゆえに所得保障や福祉施策の必要性があり、そこに応益負担原則が入り込む余地などあり得ないと考えていましたが、自立支援法に導入された応益負担原則をみると、障害がある人々も例外としない格差(差別)の積極的是認が、現在の福祉政策の特徴であると捉えられます。
 この点に関する司法の動向を挙げると、学生無年金障害者裁判に対する東京高裁の判決(2005年3月25日)では、各地裁による原告勝訴を覆し、大学等在学中の病気・事故による障害に対して、国民年金の任意加入という「欠陥制度」を改めず、放置してきた国の責任を問うのではなく、「障害による稼得能力の喪失に対する備えは、本来、各個人又はその扶養義務者においてなすべきものであり、国家がこれに救済措置を講ずるのは後見的な見地からの社会福祉的措置ということもできる」と述べています。
 各地裁の判決が、無年金障害者を生み出してきたのは立法不作為であり、憲法14条に違反するとしたことを受けて、立法府がこれを正すべく無年金の障害のある元学生、主婦に「特別障害者給付金」を2005年4月から支給することを決めたにも拘わらず、この国会の措置すら不要視する点に東京高裁の特異性があります。つまり、東京高裁は「欠陥制度」を擁護するだけでなく、当事者の「自己責任」を主として、国家は「後見的立場」に留まるとする政策への変換を司法の側からリードし、自助と親族扶養を公的責任に優先することで、社会保障制度の意義を否定する判決というべきです。
 要するに、この判決は、年金制度の原則は「自助・自立」にあるとして、国の生存権保障の義務を解除する政策への転換に迎合する判決と見るべきです。政策主体は市場メカニズムを至上の原理として、国民生活のセイフティ・ネットすら必要を事実上認めない、殺伐とした不寛容社会の門を開いたというべきです。

U 「近代」平等論の特徴――「能力にもとづく平等」論

 そもそも資本主義という経済メカニズムを平等という視点から捉えると、どのような光景が見えてくるのでしょうか。ここでは封建社会から近代資本主義社会への転換期において提案された、近代平等原則の意義と限界を考えてみましょう。
 資本主義社会への移行は市民革命を通して実現したのですが、そこでは平等とは封建的身分拘束からの解放として自覚されていました。
 個人の評価はその人の「能力」にしたがって、徳と才能における差異以外の何らの差別もなく発揮されるべきであって、出身階級等を評価の対象にすべきではないというのです。このような考え方は、人を評価するにあたって、各人の能力以外の例えば性・人種・信仰等の属性を含めるべきではないという論理につながります。身分差別、女性差別や人種差別が「ゆえなき差別」として解放の武器となる平等観と言えます。
 しかし問題は、自然的・社会的原因によって能力に制約を負った人々にとって、「能力にもとづく平等」論は、彼らへの低劣な処遇を合理化する考えとして働くという問題を引き起こすのです。能力に制約のある障害のある人にとっては、「ゆえある差別」として解放の桎梏(くびき)になるというパラドックスを抱え込んでいるのです。
 資本主義という経済メカニズムは、「労働能力に応じて利潤を生む可能性に応じて平等に扱うという合理性をもっている」のであり、こうした「資本主義的合理性」は障害のある人に対する差別的処遇をいっそう強化する論理として機能してくるのです。

V 「現代」平等思想としてのノーマライゼーション

 −1−反ナチズム・平和思想としてのノーマライゼーション
 近代平等思想である「能力にもとづく平等」を超える視点は第二次世界大戦終結後の1953年にデンマークのバンク-ミケルセンによって、ノーマライゼーションという造語で示されました。ここでは福祉理念であるノーマライゼーションを「現代」平等思想と表現することにします。
 ノーマライゼーションは、次にあげる時代的な背景の下で、知的障害のある人々の福祉の現場から生まれた理念です。バンク-ミケルセンは大学在学中に反ナチズムのレジスタンス運動に参加して、強制収容所に3か月投獄された体験をもっています。ナチス支配からの解放後、彼は復学して卒業し、デンマークの社会省の職員となり、知的障害のある人々の福祉行政を担当することになりました。当時、当事者の中には、1500床以上というような巨大施設に終生収容され、本人や家族の了解なしに優生(断種)手術が実施されていたのですが、彼はこのような処遇の実態に深く心を痛め、その施設での生活は「本当に悲惨で、ナチスの強制収容所と少しも変わらないもの」と感じていました。
 その一方で、国内各地で1951年から52年に設立された知的障害のある人の親の会(以下、親の会)は、わが子に対するこうした非人間的な処遇を改めるよう強く政府に求めて活動していました。親の会の活動にバンク-ミケルセンが個人的に協力していたこともあり、社会大臣宛てに提出する要望書の起草を依頼され、1953年に提出された要望書のタイトルに「ノーマライゼーション」(デンマーク語ではノーマリセーリング)を使用したのが、この言葉の始まりです。
 このようにノーマライゼーションとは、親の会へのバンク-ミケルセンの協力の産物として成立した理念であり、知的障害のある人に対する「隔離・収容・断種」政策と、かつてナチスがユダヤ系市民や障害のある人たちに行なった「隔離・収容・絶滅」政策との思想的同根性を鋭く指摘するものとなっています。つまり、ノーマライゼーションという新しい原理は、ナチズムへの根本的批判を背景にして、知的障害のある人がおかれていた反福祉的現実に対する平和−福祉思想として登場したということができるのです。
 平和とは一般に戦争の反対語と理解されていますが、正確には、戦争を含む暴力の反対語というべきです。「非暴力・平和の文化」を形成することは現代社会の最大の課題と言えますが、ノーマライゼーション理念が障害のある人々の平等回復の思想であるとともに、反ナチズム・反暴力の平和思想として登場したことは、改めて想起されるべき史実と言えます。
 −2−ノーマライゼーションとは何か
 行政官に徹したバンク-ミケルセンは、「ノーマライゼーションとは、障害のある人たちに、障害のない人と同じ生活条件をつくりだすことである」という見解を示していますが、学問的定義を行なうのは自分の任ではないと考えていました。
 ノーマライゼーションの定義は、バンク-ミケルセンが推進していた改革の協力者であったスウェーデンのニーリエが試みています。それによれば、「すべての知的障害のある人の日常生活様式や条件を、社会の普通の環境や生活方法に可能なかぎり近づけることを意味する」とし、ノーマライゼーションの8つの原則として、@一日の生活リズムのノーマル化、A一週間の生活パターンのノーマル化、B年間の生活パターンのノーマル化、Cライフサイクルにおける経験のノーマル化、D選択や願望及び要求の尊重(ノーマルなニーズの尊重)、E異性の併存する社会生活、Fノーマルな所得と経済生活の保障、G生活する場の建築、規模、立地におけるノーマル化(ノーマルな環境基準)を挙げています。  ニーリエの提起するノーマライゼーションは、一般の人々が送る日常生活を基準にして、同様の生活リズムやパターンを知的障害のある人々にも保障することであるとして、その実現のためにサポートが提供されることを求めたものでした。ニーリエの考え方はバンク-ミケルセンと共通しています。
 以下ではバンク-ミケルセンの主張にもとづいて、ノーマライゼーションをどのように理解したらよいのかについて述べます。ニーリエの著述を読むとノーマライゼーションは次に挙げる2つの要素によって構成されていると考えられます。
=1=「ノーマルな暮らし」の実現
 第一には、障害のある人に通常の障害のない市民と同様の生活条件を提供し、人間としてふさわしい「ノーマルな暮らし」ができるよう、実質的平等の実現を提起していることです。ただし、ここで注意を要することは、特別のケアを必要とする場合には、当然そうしたケアが十分に提供されるべきであります。例えば、入所施設よりは家庭での暮らし、養護学校よりは普通学校の方が、ノーマライゼーションが実現しているように見えますが、そうして選んだ先が、育ちの場として不適切であったり、適切なケアを欠く場であったとしたら、現在の障害に加えて別の新たな障害や困難を招きかねないことに留意しなければなりません。形式的な側面だけに目を奪われるのではなく、「人生・生活の質」(quality of life)の実現という視点からノーマライゼーションを捉えることが大切なのです。
 つまり、ノーマライゼーションとは単純な入所施設解体論ではないのです。北欧の例では、入所施設の解体を先行させるのではなく、相当の予算投入を行なって、退所後の暮らしを支える仕事(課業)の場と住まい、所得やケア等の総合的保障システムを確立した上で、本人の意思を一人ひとり確かめて地域生活への移行を推進してきました。ノーマライゼーションとは、人間としてふさわしい「ノーマルな暮らし」を営めるようにすることが目的と捉えるべきなのです。障害のある人々が特別なケアを受ける権利を行使しつつ、その能力を発揮し、それを通して社会の発展に貢献することと理解される必要があります。 =2=「ノーマルな社会」づくり
 ノーマライゼーションには、第二に、「国際障害者年行動計画」の一節を借りるなら、「障害者等少数者を締め出す社会は、不毛で貧しい(政府訳では、弱くてもろい)社会である」と表現されるように、権利主体の側から社会の質を問う視点が含まれています。  つまり、ノーマライゼーションとは、障害のある人を排除し、差別的に取り扱ってきた社会の能力主義的な人間評価原理に対する反省の上に立って、障害のある人が障害のない人と対等平等に存在する社会こそ「ノーマルな社会」であり、このような社会に変革することを強く指向する視点を含んでいるのです。

W 障害者観の転換と発達保障思想
 ――糸賀一雄の重症心身障害児観を通して

 障害がある人々に押しつけられている差別的処遇からの解放は、すべての人々の平等実現という人類史的課題における最終的な局面に位置していると思われます。この点を明確に意識した言葉として、かつての近江学園の糸賀一雄が「身分、経済、人種の不平等や差別の克服が人類の課題となってから久しいが、いま私たちは生まれながらの能力のちがいからくる差別観の克服に立ち向かうという、新しい課題の前に立たされていると思う」と述べています。糸賀は他の差別事象と「能力のちがい」による差別を区別し、後者の差別をどのように克服するべきかを意識的に検討していたことに注目したいと思います。
 重症心身障害のある子どもたちは、これまでせいぜい慈善的保護の対象として「この子らに世の光を」といわれてきたのですが、糸賀は近江学園における福祉実践を通して得られた発見を次のように表現しています。「この子らはどんなに重い障害をもっていても、だれととりかえることのできない個性的な自己実現をしている」のであり、「その自己実現こそが創造であり、生産である」「この子らが自ら輝く素材そのものであるから、いよいよみがきをかけて輝かせようというのである」。すなわち、「この子らを世の光に」なのだと。
 重症心身障害のある子どもたちが、「普通児と同じ発達の道を通る」「障害に応じた対策は多様であるが、その発達は一様に保障されなければならない」という人間発達の共通性に関する科学的知見と発達保障理念に支えられ、「私たちの願いは、重症な障害のあるこの子たちも、立派な生産者であることを、認めあえる社会をつくろうということである」とも述べています。ここに示された糸賀の重症心身障害児観とは、彼らが無能な存在として社会から援助を受けるだけの慈恵的保護の対象ではなく、「立派な生産者」として社会的貢献をしているということです。
 糸賀は「この子ら」が能力のちがいがあっても、他者や社会への貢献があるから価値があると言っているのです。糸賀の業績は、近代ヒューマニズム思想が把握した人間像が抽象性を免れなかったのに対して、近江学園における福祉実践のなかで、能力に制約のある人々の内面世界にまで踏み込み、彼らの発達可能性を確信すると同時に、それを科学の論理でも証明しようと試み、思想と科学にまで高めた点にあると考えられます。
 このような障害者観の登場は、政策的な対応において、抑圧的ないし慈恵的な障害者「対策」を維持することは認めず、人権としての障害者福祉政策の確立を促す、貴重な足掛かりとなったといってよいでしょう。糸賀一雄の名は、障害のある人の平等回復の理念として発達保障を提唱した人物として、ノーマライゼーションを提唱したデンマークのバンク-ミケルセンとともに記憶にとどめられるべきだと思います。

X [障害者権利条約]が構想する平等回復措置

 障害のある人々の権利保障を考えるとき、自由な意見表明の権利が認められたとしても、手話やコミュニケーション機器の提供(社会権の保障)が行なわなければ、視聴覚に障害のある人の意見表明権は実現しないのです。バンク-ミケルセンが言ったように、「通常のサービスだけでは十分ではなく、障害のある人が障害のない人と平等であるためには、特別な配慮が必要」なのです。
 ノーマライゼーション理念の発展を、2006年の国連総会で採択され、2008年5月に発効した「障害者権利条約」にみてみましょう。同条約の成立を促した理由は、世界人権宣言がすべての人々の権利を規定しているにもかかわらず、障害があるためにその権利が侵害されている人々が残されている事実に着目し、この解消を国際社会の責務と考えたからです。これらの人々の平等を実現するために、権利条約は次にあげる三つの方法を構想しています。
=1=普遍的な権利保障(ユニバーサルデザイン)
 権利条約は、障害のある人を含むすべての人が最大限、利用可能なユニバーサルデザインを物理的環境のみならず、サービス設計の基本とするよう定義づけています。物理的環境を例にすれば、不自由を感じることなく移動でき、食事や排泄などを普通に行なえるように整備することなどがあげられます。
=2=特別な措置(積極的差別是正措置)
 障害があると、働く意思があっても仕事に就けない人が多くいて、低位の生活を余儀なくされ、多くは家族扶養に任されています。権利条約はこのような差別を放置せず、成人の障害のある人の働く権利を認め(27条)、障害のある人の就労を企業等に義務づける割当雇用制度(わが国では障害者雇用促進法)や、日本では未だ実施されていない「保護雇用制度」(労働能力に制約のある障害のある人にも労働者としての基本的な権利である最低賃金保障や労働組合の加入権などを認め、障害に配慮した環境の下で働けるようにする制度)を確立するよう要請していると考えられます。
 また、権利条約では「十分な生活水準と社会的保護」(28条)を権利として認め、他の障害のない人と同等の生活を営めるよう、所得保障制度の確立も要請しています。この例にみるよう、障害のある人に対する格差と差別を積極的に是正する措置を国にとらせることが「特別の措置」であり、これらは障害のある人一般に開かれた制度と言えます。
=3=「合理的配慮」
 非常に個別性の高い環境調整による平等の確保のことをいいます。例示すれば、上記の「特別の措置」である割当雇用制度によって就職した人に対して、仕事を継続するために、障害の状態に応じて講じられるべき個別の支援を指します。
 バンク-ミケルセンの言う「特別な配慮」は、権利条約では上記の諸点と関わっており、積極的差別是正策である「特別な配慮」を社会的に保障することによって実質的な平等を実現するとともに、その際、一律の保障手立てだけではなく、同じ障害のある人でも受障の年齢や現在の年齢、また性別、更には、その人をとりまく環境などは個々に異なっているので、その人の障害の個別性や人格の固有性に配慮した措置がとられなければならない、ということになります。
 ノーマライゼーションは知的障害のある人に対する差別を排除し、平等を要請する理念として生まれましたが、すべての障害のある人々をはじめ、いまや日常生活や社会生活を営む上で制約がある、すべての人々の人間らしい暮らしを営む権利を保障する理念(権利条約では「インクルージョン=包含・包摂」を使用している)として発展していることを確認できます。

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く その6
第6章 くらしと福祉の現場で社会福祉をどうとらえるか (岡崎祐司)


T 「社会福祉をどうとらえるか」を問う意味と視点

 いま、社会福祉の仕事に携わっている人たちのなかで、あらためて社会福祉とはなにか、社会福祉をどう捉えたらよいのかを学びたいという要求が高まっています。それは、現場が抱えている厳しさやしんどさをどう捉えたらよいのか、いったい社会福祉はどうなっていくのか、今後どうすればよいのかという、社会福祉職としての根幹に関わる疑問や矛盾を抱えたなかでの切実な学習要求です。社会福祉の方向性について、確信をつかみたいという要求です。
 現実との関わりで、社会福祉のなかに厳しく鋭い対立や矛盾が持ち込まれ、また、社会福祉と言ってよいのか疑われるものが混入させられている情勢のなかで、「社会福祉とはなにか、どう捉えればよいのか」、いわば社会福祉の原点が問われています。このような対立や矛盾、社会福祉として疑わしきものの混入は、「改革」という名で政策的に現場に持ち込まれたものであり、その背景には社会経済の変化、特に1990年代後半以降の新自由主義の潮流があります。よって、社会福祉の内部に原因があるというより、外部である社会経済の変化と、それに伴う政策の方向転換が大きな要因になっています。
 「社会福祉をどう捉えるか」という問いに対しては、歴史的変化のなかで変化発展を捉えること、また、今日の社会経済の変化と「改革」の意味を読み解かなければ、その核心にたどりつかないでしょう。求められているのは、社会と切り離さずに考えることで、また単に法・制度の解説を行なうことではありません。
 社会福祉の核心をつかむことは――歴史のなかで社会福祉の形成と発展をみること、現代の経済社会の変化のなかで社会福祉とくにその対象と政策を捉えること、そして、私たちが歴史の主体として社会福祉の前進と発展のために何に取り組むべきかを明らかにすること――であり、これらに迫るものでなければなりません。

U 社会福祉をどうとらえるか
 ――労働、政策、市民福祉活動の三つの系

 社会福祉といっても、その分野・領域、従事者が担う仕事の性質、社会福祉を成立させるためのシステムも様々です。社会福祉がかつてなく拡大し、国民のなかに定着しているともいえる今日では、まず社会福祉の全体像や構成を理論的に捉えることが必要になります。そこで、労働、政策、市民福祉活動という三つの系から、社会福祉の全体像と歴史的社会的性格を探ってみます。
(1)「実践・労働の系」としての社会福祉
 社会福祉はまずその担い手――いろんな呼び方はあるが、ここでは福祉労働者としておく――による「実践・労働の系」からつかむことができます。
 福祉労働者の労働そのものは、対象者にしてみれば相談援助、療育、介護、生活支援、養護など、生活の場に提供されることになります。福祉労働は、社会的使命をもつ働き手によって、対象者とその抱える問題についての科学的分析に基づき、人権保障の観点から個別の目的が設定され、計画的で体系的な方法によって、福祉労働者と対象者の専門的信頼関係を基礎に継続的に実践されるものです。その際用いられる労働手段は、労働する人から独立した技術ではなく、福祉労働者の人格、認識と一体となった技能、すなわちソーシャル・ワークあるいは社会福祉援助技術です。
 それは、福祉労働者からの一方的なサービス提供ではなく、また、対象者による消費でもなく、福祉労働者が誘導・主導するものの、両者の合意や共同、対象者の参加、それらを促すコミュニケーションという相互作用の過程によって実現していきます。福祉労働者の実践は、対象者一人ひとりに個別的に行なわれることが基本となりますが、集団的なことでもあり、職場内での協業と分業が形成され、異なる職場や他職種との連携を伴うこともあります。したがって、民主的な職場集団の形成や適切なマネジメント、情報管理も必要になります。
 「実践・労働の系」から社会福祉の質を捉えるとすれば、@人権や発達の保障という価値に明確に依拠し方向づけられていること(それ以外の目的に従属させられない)、Aソーシャル・ワーク論や社会福祉労働論に基づく科学的な専門的労働として成立していること、B福祉労働者が良心に基づき対象者の権利と利益のために一定の裁量をもって労働できること(著しく裁量を狭められない)、これらのことが担保される必要があります。安心できる社会福祉の質とは、この「実践・労働の系」としての社会福祉が保障されることを意味しているといってよいでしょう。
 福祉労働は、福祉労働者が対象者の人権保障や発達の保障を追求することを通して「やりがい」を感じる労働であり、利他的な価値の追求のなかで自己実現を図る労働という性質をもっています。ただし、この性質は福祉労働者の自覚だけで担保されるものではなく、公共性をもつ労働として成り立たせる政策が必要です。こうした福祉労働者と政策との関連は、対象者の権利保障の条件でもあるという二重の関連になっています。
(2)「政策の系」としての社会福祉
 対象者の生活保障という面からも、社会福祉政策は位置づけられます。社会福祉は貧困、孤立、生活の不安、虐待・暴力、発達阻害など、なんらかの社会的困難を抱えた人に対する仕事であり、そうした人々の生活を支える経済的給付、施設福祉、在宅福祉、サービス給付など、制度的対応が不可欠です。社会福祉実践でいう社会資源のうち、制度的資源が必要となるのであり、福祉労働者の仕事の殆んどはなんらかの法律や制度の裏づけをもつものです。したがって、法律を制定し対象や給付内容・水準を設定し、中央政府と地方政府の仕事と責任の分担を中心にした行政システムを整え、それを運営し、それらが活かせるように必要な財政を確保するという社会福祉政策が必要不可欠です。政策的裏づけをもたない実践活動から、政策的裏づけをもった専門的労働になることが、社会福祉の発展のものさしの一つになると言えます。
 社会福祉政策は、社会的困難を抱えた人々の生活を支える施策水準を規定するとともに、職員配置、労働環境、実践内容を規定することになります。社会福祉政策のねらいと水準や、充実するのか後退するのかは、「実践・労働の系」にも国民生活にも決定的な影響を与えます。
 また、「政策の系」には国だけではなく、地方自治体の社会福祉政策も含まれています。社会福祉政策はナショナルな性格をもちますが、地域の福祉ニーズの把握と予測、相談機関・福祉施設・在宅福祉の地域内整備と地理的に適切な配置、人材の確保は、地方自治体の重要な政策課題となっています。実際に社会福祉の事業や実践は地域性をもつものであり、法や制度は全国一律に策定されても、地域を基盤にしか展開できません。したがって、国の政策とともに、地方の社会福祉政策が重要です。国と地方の社会福祉政策をどのようにして国民本位、住民本位のもとで形成し運営させるか、その追及が社会福祉運動にとって課題となります。
(3)市民福祉活動の系
 ここでいう「市民福祉活動の系」としての社会福祉は、地域社会を基盤にした住民主体の地域福祉活動、ボランティア活動、当事者組織活動、さらに市民参加型の非営利協同組織の活動(共同組織、NPO、協同組合などによる)というように、多様で多元的な市民の福祉活動を指しています。同じ社会サービスでも、医療は医師や看護師、薬剤師など専門職に限定されます。ところが社会福祉は、政策の役割と責任において、福祉労働者の占める割合が小さくはありませんが、医療などよりも市民活動の比重が高く、また専門職とそれらとの関係も深いものがあります。これは、社会福祉が歴史的に遅れているからではなく、社会福祉の歴史的性格に関わることからなのです。
 歴史的にみると、社会福祉は篤志家による社会的弱者を保護する開拓的事業やセツルメントなど運動的性格をもった社会改良活動、障害のある人の共同作業所、保護者による共同保育所などを起源にしています。人間の発達と生存を脅かす社会問題への市民の対応が、活動家と当事者の粘り強い運動によって社会の共通課題として広く共有され、これを支援し支持する市民と世論を広げ、はじめは地方政府の政策を引き出し、やがて国家の政策を引き出すようになり、社会福祉政策として確立するようになっていくという経過をたどっています。その背景には、国際的な人権思想の定着と民主主義の発展があり、生産諸力の発展により増大した富を、公的財政システムを使って人権保障のために再分配するようになった歴史の前進があります。深刻な社会問題とそれに向き合う実践家の活動、社会認識の発展をもたらす社会運動の展開が反映された社会福祉の発展です。つまり、“はじめに社会的使命をもった民間活動ありき”というのが社会福祉の歴史であるといえるでしょう。ここで歴史というのは、過去がそうというだけでなく、それが現代においても脈々とつながり、市民福祉活動や福祉運動が形成されているという意味でもあります。
 「市民福祉活動の系」は社会問題を抱えた人々への連帯や社会改良という源流と、貨幣経済の浸透に伴う旧地域共同の衰退に変わる市民の主体的な生活共同対応という二つの性格を含んでいます。後者は社会問題の現実に対しての社会福祉の遅れ、政策対象の限定に対する市民の側の自主的対応という側面ももっています。福祉政策の遅れを市民の自主的努力でカバーしつつ、福祉運動を形成し、政策の拡大、法制化を求める潮流をつくってきたのです。
 また、組織化された当事者とその支援者が、社会的困難を抱えた人々の要求とニーズ、社会的援助の必要性を社会的に明らかにするという歴史の発展の条件を示してくれる人たちと言えます。
 社会福祉は、対象者が市民としての生活の実現を目的にしているとすれば、福祉労働者だけでは十分とはいえません。日々の話し相手や遊び、様々な人との交流、地域活動への参加など市民としての生活は、住民やボランティアの支えによって可能となります。市民生活は総合的で多面的です。公的責任に基づく生活保障のうえで、さらに市民による共同的な対応が多面的な生活要求を充足することになります。
 こうした活動の担い手は、福祉労働者への協力者、よき理解者となり、当事者の目線で社会福祉政策と福祉労働を正しく評価する市民に成長する可能性があります。可能性といったのは、そのための学習や政策形成・運営過程への参加が社会的に保障されなければならないからです。政策サイドも福祉労働者も、市民福祉活動を育成し、協力連携することが求められます。付け加えれば、市民福祉活動の発展は、市民が未来社会に向けて、社会福祉の多元化の一翼を担う社会福祉事業を経営しマネジメントする経験を積むという面があり、自らの力で社会の統治力を高めるという歴史の発展に合致したものです。
 ここまで、三つの系から社会福祉をみてきました。これだけで、社会福祉が明らかになったわけではありません。ただ、社会福祉の原動力が運動にあること、福祉労働者の生き生きとした実践が社会福祉の質を決定づけること、また、その労働には歴史の積み重ねによって明確になった人権保障という社会的使命が含まれていること、社会福祉の政策化が発展のものさしになること、その政策をどう国民本位に形成し運営するかが重要であること、といった基本的認識は得られたと思います。

V 対象論と主体論から社会福祉をとらえる

(1) 社会問題の視点から対象をとらえること
 「社会福祉をどうとらえるか」では、社会福祉の対象をどうとらえるかが理論的には重要です。
 社会福祉の対象者は、高齢者、障害のある人、子ども、貧困者などで、何らかの社会的困難を抱えた人々です。対象者の抱える問題の社会的性質に着目する社会問題の視点、それらが一人ひとりの生活と発達にどのような影響を与えているのかという個別性の視点、その双方を統一してとらえるのが、社会福祉の対象論です。社会福祉の対象は、@階級・階層、A社会問題の視点、B人権の視点の三つの視点からとらえるべきです。
 社会福祉の対象は、階級・階層からいえば、労働者階級や旧中間階級であり、貧困者・低所得階層を中心にしてきたといえます。ソーシャル・ワークは、歴史的にはイギリスやアメリカの慈善組織協会(COS)やセツルメントを源流としています。対象のかかえる困難の社会的背景の承認と、わずかではあるけれども国家の譲歩のうえに成立した近代社会事業は、貧困者・低所得者対策として出発します。こうした段階では、対象を階層として設定することが中心になります。しかし、権利性の承認と国家政策としての確立の段階では、階級・階層だけでなく、社会問題、人権の視点からもとらえなければなりません。
 社会問題としていえば、社会福祉の対象は、@貧困問題、A生活問題、B発達阻害問題とみることができます。
 貧困問題は、生活の維持が困難で、生存そのものが危うい状態です。経済生活だけではなく、居住環境の悪化、不衛生、健康の悪化、社会的孤立といった客観的状態の悪化や、場合によっては人間関係の悪化、生活管理能力の後退、暴力など、生活者自身の後退現象もでてきます。さらに、こうした状況が、新たな社会問題を呼び込むことになります。「社会問題の重層化」です。
 生活問題は、生活基盤・生活条件が不安定化し、人間らしい生活が難しくなる状態です。家計の余裕がなくなり、標準的な市民生活をおくるのに必要な消費財が充足できなかったり、社会関係の希薄化、家族関係の悪化、生活行為や家事の遂行困難がみられ、生活上のアクシデントへの対応力が弱まる状態で、長期的には生活の悪化がみられる状態です。何かの契機で不安定化がいっそう強まり、貧困状態に転落しやすくなります。さらに、健康状態の悪化、暴力・虐待、社会的孤立の危険も含まれ、ここでも「社会問題の重層化」の恐れがあります。生活問題は貧困問題と厳密に線引きをするための概念というよりも、生活不安を抱えた個人・世帯で起こりやすい生活過程における様々な困難を指しています。
 社会問題は、資本が社会の中枢に座りその維持を優先するという体制維持システムのなかで、低賃金、過密労働、労働災害、不安定就労、弱者排除を伴う適者生存競争の激化、精神的肉体的健康破壊、教育からの疎外・排除、無責任主義の横行、拝金主義の拡大など社会的背景をもって社会的に広がり、その社会の維持や安定を脅かし、労働と生活を壊す問題を指しています。したがって、社会福祉の対象を社会問題としてみるということは、対象者個人が抱える困難さを個人の責任に帰着させないということです。しかし、対象者が社会問題を抱えるなかで重圧を受け、人間的生活をおくる諸能力が形成できなかったり、精神的能力の成長に未熟さがみられるなど、生活主体としての問題を抱えているケースを無視するということではありません。「社会問題の重層化」とは、社会問題の受難者のなかでおこる人間の問題に基因して発生する場合があります。
 社会福祉は、COSやセツルメントの段階から、社会問題を抱える主体(個人とその家族)に着目して、何らかの援助や給付を通して「社会問題の重層化」を防ぎ、主体の自立的な生活の実現を目指す援助の体系として発展してきました。所得保障や就労保障によって生活を保障しつつ、社会問題の重層化を食い止めるための相談援助、養護、生活援助を行なうのが社会福祉であります。ただし、所得保障や就労保障を政策的にサボタージュし、無理な社会適応や自立を強制することがあってはなりません。社会問題への政策的対応を生存権保障にふさわしい水準で引き出しつつ、社会問題の受難者の潜在能力やよりよく生きたいという願いを信頼しながら個別援助を行なうのが社会福祉なのです。これが、社会問題の視点と個別性の視点の統一という意味です。
(2) 「生活の社会化」の歴史的方向と対象論
 現代の社会福祉の対象を捉えるときに、必ずしも貧困や生活困難を抱えていないけれども、介護ニーズや生活援助ニーズ、保育ニーズをもち、社会福祉制度の対象になるケースがあります。これらをどうみればよいのでしょうか。ここで三つ目の視点である「人権からみた対象論」がでてきます。
 介護、生活援助、保育などが必要な状態が続き、そのまま放置されてしまうと、その人の個人の尊厳が守られず、権利侵害、発達の阻害が起こってしまいます。それによって、貧困状態につながる危険性があります。そうならないための予防的対応をするために、社会福祉の対象となっています。
 このような層まで社会福祉が拡大したわけですが、依然として社会福祉の対象は貧困問題、生活困難です。民主主義と人権思想の定着を背景に、福祉運動の発展を受けて、人権侵害、発達阻害を要件に社会福祉の対象となるということ、貧困、生活困難を直接要件に対象とするわけではないが、かといって社会問題と無関係ではなく、深刻な社会問題を抱える前に対象にするということです。このことをもって、富裕層も対象となったのだから社会福祉の有料化、市場化を進めてよいという根拠になるものではありません。
 同じことは、地域における生活の共同的再生産の弱まりと家族規模の縮小に伴い、家族内にあった(といっても今日の制度的水準と同等ではなく、あくまで女性に依存した家族的機能や、旧共同体の相互扶助的機能としての)介護、家事、子育てが新たに社会的に供給されなければならなくなった面にもあてはまります。この背景には、人権の発展による個人の尊重や女性の自立と、「生活の社会化」とがあります。後者は、今後も社会を貫いていく法則的・必然的傾向であり、社会福祉の拡大の根拠になるものです。
 歴史的に社会の発展をみると、経済面での生産諸力の発展が資本による生産手段の私的所有関係と衝突し、利潤追求至上主義を基調に暴走する資本の突進的性質により社会矛盾が深刻化していきますが、一方で民主主義的に社会を管理し問題を解決しようとする組織的運動が、人間解放をめざす運動と結びつきながら進んでいきます。「生活の社会化」とは、生産諸力の発展に伴う「労働の社会化」に対応して、個別生活単位(世帯や個人)が市場、公共的生活手段(社会的共同消費手段)に依存する度合をますます強め、高める傾向をいいます。
 今日の日本は、公共的生活手段に依存する度合(「公共化」)が相対的に小さく、市場に依存する度合がますます大きくなっています(「市場化」の拡大)。そのため多くの階層で生活の不安定化が拡大しています。新自由主義的改革である「構造改革」は、この傾向を特に強めます。「市場化」への依存度の拡大は、結局、世帯・個人の貨幣の所有量によって消費が規定されるため、国民の賃金と所得保障が十分でない場合は、生活が不安定にならざるをえないのです。
 それだけではありません。もうひとつ「生活の社会化」の過程で、かつて地域の旧共同体がもった労働交換や相互扶助などが、貨幣経済の浸透によって衰退・解体していくことがあります。地域生活のなかでは共同や協力関係が必要であり、それが弱まることは生活条件を低下させ、生活を不安定化させる要因となります。
 したがって、生活の安定のためには、生活の市場依存度をますます強めさせるのではなく、社会保障制度、保健医療制度、公教育、住宅政策、生活道路などを公的財政によって公共的に整備し、人々が共同的に消費(利用)することで生活を支えていくという「公共化としての生活の社会化」を進めることが必要になります。ただし、これは経済現象としておこるものではなく、国家が政策として進めなければなりません。社会福祉政策と専門的福祉労働は、「公共化としての生活の社会化」の一環を構成する重要なものになっています。また、地域での生活を考えたときに、旧い共同の復活ではなく、安心・安全の環境づくりや協力・交流の活性化、生活支援や見守りなど現代的な共同活動や協同事業が求められています。これは、「共同化としての生活の社会化」ということができます。市民福祉活動はこの共同化を推進する一つの組織的形態です。
 「市場化としての生活の社会化」は、資本主義の発展、グローバル化の進展に伴ってますます拡大していくでしょう。多様な欲求を充足し、豊富な生活消費財を供給するには、市場は不可欠のものです。しかし、社会福祉を「市場化」の拡大によって供給しようとするのはまちがいです。社会福祉は、個人の経済力の格差によることなく生活の安定をめざすもので、「市場化」によって供給することは矛盾を引き起こします。「生活の社会化」は、資本主義において「市場化」を中心に法則的・必然的に進んでいくものですが、「市場化」に依存するだけの生活の再生産には限界があるため、「公共化」と「共同化」による「生活の社会化」は拡大せざるを得ません。ただし、これらは民主主義の力と市民の共同の力に依らなければなりません。社会福祉は、「公共化・共同化としての生活の社会化」という面からも客観的に求められるものであり、未来社会においてもそれは同様です。
(3) 政策主体
 社会福祉は、現代国家の重要政策の一つとなっています。「社会福祉をどう捉えるか」というテーマにおいては、政策主体をどう捉えるかも重要な位置をしめます。社会福祉の充実には国民の運動が不可欠ですが、国民が単独で社会福祉政策を実施できるのではなく、政策主体である国家に政策を形成させ、運営させなければなりません。ところが、政策主体は社会問題が拡大すればそれだけで政策を拡大するわけではなく、また、社会福祉への国民要求が高まればすぐに政策を充実させるわけでもありません。政策主体は、経済的に大きな力をもつ経済界の要請を基本に、社会問題の拡大深化が資本蓄積の障害にまで至っていくかどうか、社会問題へ政策的対応を求める国民要求が体制的秩序維持に重大な影響を与えるかどうかを判断して、政策化や政策対象を決定します。この枠のなかで、福祉財政の相対的抑制や国民への負担転嫁、規制緩和による市場の創出などの経済界の要請を基本に、集権的な行財政資源によって政策運営を主導したいという官僚組織の意図、また、国民要求への一定の充足による支持の獲得など、いくつかの対立・矛盾する要請やねらいを調整し、譲歩と装飾をもって政策をつくり運営するのです。
 政策主体と対象論の関係では、社会問題のうち社会福祉政策が本来対象とすべき範囲が政策対象になるのではなく、そのなかで「対象の対象化」が行なわれ、対応すべき社会問題に対する政策対象の制限が行なわれます。
 もちろん、社会福祉の法律、行政、財政が偽装でありまやかしであるということではありません。様々な問題点や制約を抱えつつも、社会問題への社会的対応のシステムにはなっており、国民要求を反映した給付や社会的規制を備えたものでもあります。それらを、国民の立場で活かし改善点を指摘していく意味は大きいでしょう。今日の国家は、経済的に大きな力をもつ資本の要請に基づいて社会支配と統合を行ないますが、民主主義と人権思想の発展にも引っ張られて政策を行なう歴史的段階にあるのです。国民の運動が、政策の拡大・充実の方向への誘導に重要な役割を果たす歴史的段階に、我々は立っています。  したがって、国家の歴史的性格を無視して社会福祉政策を単純な構図のなかで理解することは誤りで、やや複雑ではあるが政策の意図やねらいを読み解く努力が必要です。資本主義のなかでも、できるだけ国民要求を反映させ人権と発達保障に近づく政策にしていく運動の発展が重要です。また、「対象の対象化」に対して、政策対象を拡大することも運動課題です。人とその抱える社会問題からニーズを捉えることが実践的に求められています。
 社会福祉のありかたは歴史的に、対象となる社会問題、政策主体、運動の三者の関係のなかで動かされ、その段階での生産力の発展と民主主義と人権を成熟させる市民の主体的な力を反映して水準が決まっていくとみてよいでしょう。歴史の変化は、矛盾の深刻化と主体の形成の双方から捉えねばなりません。

W 市場化で社会福祉はどうなるのか、運動の方向はどこにあるのか

 現代日本の社会福祉のありかたを考えるときに、市場化・営利化の問題の検討を避けて通ることはできません。日本でも1990年代後半から「構造改革」という名の新自由主義の改革が、国の財政、金融、行政や労働政策、教育政策、社会保障政策・社会福祉政策、そして地方自治制度にわたって強力に進められてきました。多国籍企業化した巨大企業の競争力強化と高収益体制の実現という要望に応え、それと関連して日米構造協議(1990年)以来の米国の経済要求に応えるための資本活動の自由化推進、低コスト体制への移行(労働コストや財負担・社会保障負担の軽減を含む)、都市再開発など多国籍企業の基盤整備への財政の重点的投資を実施する改革をめざすもので、@規制緩和(市場拡大、投機的経済の促進)、福祉面では「小さな政府」、A成長分野の支援・育成(強い企業、競争力のある企業の支援)と停滞分野・競争力の弱い分野の企業淘汰・スクラップを柱となっています。減税や社会保障による所得再分配、地方への公共事業など国民(需要サイド)を刺激する経済政策から、多国籍企業、成長分野という供給サイドへの手厚い支援・育成にシフトする政策になっています。このことから「構造改革」のなかで国民経済の疲弊という事態がもたらされたのです。
 こうしたなかで社会福祉は、制度の枠組みは維持しながら、財政を相対的に抑制し「対象の対象化」やサービス供給抑制を行なうという1980年代にみられた福祉削減ではなく、介護保険を典型として、政策対象が拡大されサービス供給の量的拡大をめざしながらも、公的供給体制を後退させて市場化によるサービス供給、営利セクターの参入、競争的環境の強化が行なわれています。これは、新自由主義の流れに対応した制度改革です。国家の福祉財政の拡大による市場化政策ではなく、介護保険など国民負担の強化のもとで制度がつくられているのです。
 もっとも、市場化といっても一般的な意味での市場化ではありません。それは、@制度的には個人への給付と契約型利用法式、A営利セクターの参入を許す規制緩和による供給主体の多元化の促進、Bこれらに伴う福祉事業の経営構造の転換――出来高払い・出来高収入と利用者からの直接徴収、という特徴をもち、「準市場化」といわれているものです。なぜ「準市場化」というのかといえば、@利用者の選択に基づく、貨幣を媒介にしたサービスの交換になっており、この点では市場である、A価格競争が排除され、価格統制がなされているという点では規制されている、B規制緩和され営利セクターも参入できるが、事業者への規制・公的関与はある、Cだれでも利用者になれるのではなく、制度的に対象にならなければならず、利用者サイドの規制がある、D制度的に給付内容(サービス内容)は限定され自由ではない、−これらのことからです。
 ところで、利用者の選択やサービス供給の多元化などで社会福祉は充実しているようにもいわれています。一方で、市場化・営利化は社会福祉の後退であるともいわれています。いったい社会福祉は前進しているのか、後退しているのか、最後に、今の状況をどうみるかについてふれておきます。
 社会福祉の拡大・定着のなかでの変質の始まりであり、運動による軌道修正、理念による正しい方向付けが求められている状況といえるでしょう。戦後日本では、先にみた社会問題、政策主体、運動が、1950年代にはいって成立し、国民、当事者、福祉労働者の粘り強い運動によって、国民生活における社会福祉の定着が進んできました。政策の系としての社会福祉が社会保障制度の一環に組み込まれ、福祉に先進的な地方自治体も登場しました。その後も福祉要求はますます拡大してきました。しかし、1990年代後半以降の新自由主義改革のなかで、社会福祉の拡大が求められるようになりますが、税や保険料など国民負担に依存して制度をつくり、規制された市場化のなかで競争的環境に社会福祉事業体を置くことで、社会福祉の量的拡大を図る政策がとられてきました。「生活の社会化」でいえば、公共化、共同化の軌道に乗せるべき社会福祉を市場化の潮流に押し流していく政策です。これは、政府機能を国民本位にさせていこうとする運動への抵抗であり、社会問題への公共的な対応を積み上げてきた人類の歴史的方向への逆流です。
 運動の課題としては、「準市場化」、営利化、競争的環境の激化のなかで、変質や制約は起こりやすいけれども、そのなかで福祉労働を本来のありかたで実現する方法や努力を追及することがもとめられています。
 社会福祉の市場化、営利化への批判はいくつかの視点から可能ですが、社会問題への公共的な対応の観点から、次のことは指摘できると考えています。
 社会福祉の歴史は、貧困、発達阻害、虐待など社会問題とその困難を抱える人への対応を、分散的・個人的な民間対応から、体系的継続的な社会的対応に発展させ、さらに公共的対応、つまり国家の政策的対応と、その支持のもとでの社会的使命をもつ民間事業による組織的・専門的対応に発展させてきました。つまり、社会福祉が担当するべき社会問題への対応の手段・方法・資源・財源を社会的に共有し、公共的に管理することで平等に社会に供給し、実践の成果を共有化し、また、民主主義の力と人権思想、共同と社会的連帯の理念と実践で、共有・管理・配分を支え点検するようになってきました。これが社会福祉の歴史的到達点です。
 しかし、資本主義市場は、私的所有と貨幣を媒介とする財の交換、便益の個別的享受が原則です。市場は、私的な方法での手段の調達、個人の経済力に依存した資源の確保によって個別ニーズを充足し、成果や方法は私的に占有され企業が独占し、そのことによって競争的環境で優位に立ち、私的に所有された企業が出資者への配当を高めようとします。原理的にも実際的にも社会福祉と市場とは相容れないものであるばかりか、社会福祉を市場原理で飲み込むことは、社会問題への公共的対応という人類史的到達点を壊すものであるといえるでしょう。
 いま進んでいるのは、社会福祉の「準市場化」であり、完全な市場化ではありません。野蛮な市場原理主義といわれる新自由主義でさえ、社会福祉の市場化・営利化については、社会問題への公共的な対応を残した範囲での規制された市場化までしか押し込めなかったのです。また、国民の世論も経済的負担能力で社会福祉に差がつき、社会福祉による格差を促進する市場化そのものを支持しているわけではありません。サービス供給拡大、利用者本位の選択、十分なニーズの充足が可能になるのではないかという期待から、社会福祉制度改革を捉えています。社会福祉の「準市場化」を、社会問題への公共的な対応の立場から問い直し、営利化をくい止め、公共的対応を発展させることが重要です。運動の課題の一つは、ここにあるのではないでしょうか。

「現場がつくる新しい社会福祉」を読み解く その7
第7章 社会保障予算は本当にとれないのか (石川康宏)

 ――経済学の立場から――
 私は、今ほど社会福祉・社会保障の充実が求められているときはないと思います。生活の大変な人が増えているからという理由が第一ですが、それだけではなく、元気をなくしてしまった日本経済を立て直すためにも、社会福祉・社会保障の充実はどうしても必要なことだと思っています。

T 「国民のくらし第一」の経済づくりを

 世の中にはいろいろな事情で生活が大変になった人に「国に頼るな、自分で生きろ」「勝ち組、負け組も仕方がない」といったことを平気で語る人や、「福祉予算が欲しければ消費税を増税するしかない」などと語る経済学者もいるのです。
 しかし、そうした意見は、経済学者全体の一致した意見などではありません。日本の現状をあらためて考えるべきと思うのは、「大企業が儲かれば、経済全体の調子がよくなり、国民生活もよくなる」「だから、政治は大企業を応援せねばならない」「大企業の自由を拡大せねばならない」という「構造改革」の議論は本当に正しいのかという問題です。この考え方は「サプライサイド(供給者重視)の経済学」と言われ、橋本首相以後の日本の政治が行なってきた「構造改革」路線の大きな理論的な柱となってきたものです。
 私はいまそのような経済政策に早く見切りをつけて、「国民のくらし」を政治が直接支援する経済政策への転換を行なうことが必要だと考えています。そうしなければ、私たちのくらしは益々悪くなります。そして、そのように政治の流れを転換する上で、社会保障の充実は、雇用制度の転換――非正規雇用から正規雇用への転換――と並んで、大変重要な中身をつくると考えます。
 こういうことを言うと、「財政赤字だから予算はどうする」と反論する人が多いようです。しかし、日本政府の「財政赤字」はいま、本当に、社会保障をこんなにも削らねばならないほどに深刻なのでしょうか。ここではその問題を、一緒に考えてみたいと思います。

U 政府は「財政赤字」をどう説明している?

 政府の財務省のホームページから「日本の財政を考える」を見ると、「社会保障予算はとれない」と語る政府の「財政赤字」論が、とても要領よくまとまっています。その話の筋は、次のようになっています。
 [国民生活と財政の関係は]税金の多くは社会保障や社会資本整備に使われますが、今は国民の税負担より「受益」がずっと大きくなっています。
 [国の家計簿の現状は]国は必要な支出の6割強しか本来の税収でまかなえず、毎年3割以上を借金に頼っています。この借金分が毎年の財政赤字です。
 [国の借金の状況は]借金は毎年たまっていきます。2009年3月末で過去の借金の合計(残高)は553兆円と見込まれます。これを国の経済力をあらわすGDP(国内総生産)と比べた場合、日本の借金比率の高さは主要先進国で最悪です。
 [今後の財政は]高齢者が増えるので社会保障費が増加し、借金返済額もどんどん重くなります。財政は益々厳しくなります。
 [現状を放っておくと何が困るの]借金の返済額が増えて、社会保障や社会資本整備に使えるお金がなくなります。これが金利の上昇につながり経済にダメージを与えるかもしれません。また借金返済の負担が将来の世代に押しつけられます。
 [財政健全化のためには]2011年度までに基礎的財政収支(別名プライマリーバランス)を黒字化し、2010年代なかばにはGDPに対する借金の比率を低下させていきます。
 これが、政府が「日本の財政」について、いま考えていること――じつは国民向けに語っていること――のあらましです。
 同じことは、「構造改革」の司令塔と呼ばれる経済財政諮問会議の最新の「骨太の方針」(2008年)でも述べられています。
 このように政府に言われると、社会保障予算の抑制は仕方のないことなのかもしれないと、なんとなく納得しそうになりますね。しかし、実はここに「待った」が必要なのです。政府の説明には、私たち国民に「本当に国の財政状況全体を知らせるものになっているか?」という大きな問題があるのです。次に、そこを見てみましょう。

V 政府が語りたがらない「資産」の問題

 実は、財政学の専門家たちからは、政府の説明では「日本の財政」の本当の姿は捉えられないという批判が出されています。そのいくつかを紹介します。
 まず菊地英博さんは、こう言っています。
 「政府には多額の債務(粗債務)があっても、多額の金融資産がある。粗債務から金融資産を引いた金額が『純債務』(ネットの債務)である。一国の財政状況は『純債務』で見るのが国際的にも一般的だ。粗債務だけで危機を煽っているのは日本だけである」
 つまり菊地さんは、先に見た財務省のホームページが語っていた借金の残高は、政府がもっている金融資産を考慮にいれない「粗債務」のことで、本当の財政状況を捉えるためには金融資産で債務の一部を帳消しにした「純債務」にするべきで、国際社会でも一般的なものの見方だというのです。
 また、これと同じ問題を指摘した上で、さらに次のように話をすすめる議論もあります。山家(やんべ)悠紀夫さんはこう言います。
 「財政赤字を借金残高[菊地さんがいう「粗債務」のこと]のみで論じてはならないことを、純借金残高[同じく「純債務」のこと]で見ると違って見えるという例で示してみましたが、もう少し言うと、政府のバランスシート全体で見るという視点が重要です。政府(国と自治体を合わせたもの)には巨額の借金がある。同時に、政府は巨額の金融資産を保有している、また、建物、道路、港湾などの固定資産や土地も保有している。その全てをあわせてみて、そのなかで借金残高の大きさの持つ意味を考えてみる、という視点です」
 そのような視点から山家さんは「国民経済計算」という政府の統計に基づいて、次のように、政府の言う借金残高の帳消しの具体的数値を示しています。
 「現在(2008年3月)のところ、公表されている最新の数字は2006年末のものですが、これによりますと、政府(国と自治体の合計)の負債残高は991兆円です。これに対して資産の方をみますと、金融資産541兆円、固定資産350兆円、土地134兆円となっており、合計1025兆円となっています。国民資産の総額が8562兆円ですから、そのおよそ8分の1、日本政府は結構、資産持ちです。資産から負債を引くと正味資産ということになります。その額34兆円、日本政府のバランスシートは資産超過です。借金残高だけを見ていてはわからない財政の姿が、こうして政府のバランスシートを見ることから見えてきます」
 おわかりのように、菊地さんも山家さんも、政府がくりかえし強調する巨額の財政赤字――じつは「粗債務」の残高――だけを見ていたのでは、財政の本当の姿は見えてこないとしています。
 言葉が少し難しくなるかもしれませんが、もうひとつ、井出英策さんと水上啓吾さんの研究も見ておきます。そうすると、このお二人も「重要なことは、現在の財政状況をストック面から正しく把握し、政府の純債務を確定しておく作業である」と述べ、最後に次のように結論をまとめているのです。
 「以上、各統計の政府資産および負債について確認してきたが、その金額は様々であることがわかる。国の賃貸対照表は、財政収支改善のために行財政改革を進めるという問題意識を前提に作成された『一つの見方』に過ぎない。それゆえ、国民経済計算(SNS)よりも債務超過額を大きく算定する手法が選択されている。しかし、これと同様に地方政府の賃貸対照表を作成し、国の賃貸対照表を合算すると、今度は資産超過の可能性さえ出てくる。これに、地方を除いた国レベルの純債務残高ですら、先進国の中では言われているほど高くないという点を勘案すれば、やはり、債務残高のみを見て議論するのでは十分ではないといえそうである」
 ここでも結局、政府が言う債務残高だけを見た議論では「十分ではない」ということが確認されているわけです。
 以上、4人の専門家による3つの研究を紹介しましたが、この3つの研究は今後の日本経済と財政運営の方向については相当に違った主張をされています。それにもかかわらず、資産を無視して債務残高のみを強調する政府の財政についての説明は、現状を正確に捉えるものでないという点で、意見は一致しています。こうしてみると、数百兆円の赤字という「粗債務」だけをふりかざし、「だから社会保障予算はとれない」という政府の説明が、相当あやしいものだということは明らかです。

W 経財大臣も財務省も「資産」を強調していたことがある

 重要なことは、前節と同じ理解を大臣や財務省も示していたことがある点です。例えば経済財務担当大臣に就任した直後の記者会見(2001年1月23日)で、麻生太郎氏は次のように述べました。
 「会社でいえば、金を借りるというときには、それに見合って債権、担保というものがあるわけです。見合うだけの担保がなければ金は借りられないわけです。日本の今の645兆円というのは、地方と国と突っ込んだ総債務(「粗債務」のこと)の話で出てくるんだと思います。ところが、国としては海外に債権を持っています。日本は世界最大の純債権国ですから、その債権の分を引いて残りを計算して初めて純債務になる。純債務の話をしていただかないと、例えば国有財産とかその他を含めて、債権というものがあるわけですから。それでいきますと、最近の数字は知りませんが、純債務で見たGDP比は45%ぐらいだったと思うのですが。EUの平均が47%ぐらいだと記憶していますので、その意味では645兆円という国があたかも明日から破産するかのごとき状況ではない。それほどむちゃくちゃなわけではないというのがまず大前提です」
 645兆円というのは、2000年度末で見込まれていた国と地方の「粗債務」の合計額ですが、ここで麻生氏は、日本の財政を正しく見るためには、「粗債務」ではなく、そこから債権を差し引いた「純債務」で見なければならないと、述べています。これは今日の財務省による財政状態の説明とまったく異なり、その反対に前節の4人の研究者たちの見方にぴったり重なるものとなっています。
 もう一つ、驚いたことに財務省自身が、日本政府の金融資産の大きさと、それを持っている意義を強調したこともありました。2002年2月にムーディーズやスタンダード&プアーズなど、いわゆる「格付け会社」が、日本のデフォルトリスク(債務不履行の危険性)が高くなっているとして、日本の国債の格付けを下げたことがあったのですが、財務省はこれに反論する見解を発表し、そのなかで次のように述べたのです。
 「格付けは財政状態のみならず、広い経済全体の文脈、特に経済のファンダメンタルズを考慮し、総合的に判断されるべきである。例えば、以下の要素をどのように評価しているのか」
 ――「マクロ的に見れば、日本は世界最大の貯蓄超過国」
 ――「その結果国債は殆んど国内で極めて低金利で安定的に消化されている」
 ――「日本は世界最大の経常黒字国、債権国であり、外貨準備も世界最高」
 つまり財務省は、日本政府の債務履行(借金返済の)能力を、債務残高が多いか少ないかという「財政状態」だけでみるべきではない、それは貯蓄が多いという日本経済の特徴や、対外債権や外貨準備など日本政府が持っている多額の金融資産を考慮して、「総合的に判断」すべきだと言っているのです。
 しかし、こうした主張は、その後政治の表舞台からは消えてしまいます。じつに不思議なところです。私は、そこに何とかして消費税増税についての国民の同意をとりつけたいという、政府の隠れた願望があるのではないかと思うのですが、その点については、もう一度あとで触れることにしておきます。

X 「構造改革」は大企業・金持ち減税で財政赤字を拡大した

 見てきたように、「粗債務」の残高だけを強調する現在の政府や財務省の議論が非常に一面的なのは明らかです。
 しかし、たとえ金融資産を差し引いた後の「純債務」で見ても、日本の財政状態が悪化の度合を深めているのは事実です。そこで日本の財政については、山家さんの指摘である「まだ健全である」うちに、状態悪化の道を抜け出す策を取る必要があります。次にその問題を考えておきましょう。
 打つべき手を考えるときに、まず正確に捉えねばならないのは、どういう理由で「純債務のGDP比(純債務÷GDP)」のか、それを見ていきます。
 まずGDPについていえば、その伸び率が非常に低いというのが特徴です。2002年以後、アメリカや中国などへの輸出によって、緩やかな拡大が続きましたが、実態としての伸び率は極めて低いものにとどまりました。最近ではその低い伸び率も維持することはできず、内閣府も景気後退局面への転換を語るようになっています。なぜこの伸び率が長く低かったかといえば、国内需要の最大勢力である個人消費が押さえ込まれてきたからです。
 より決定的な問題は、もう一方の「純債務」の急拡大です。それは「粗債務」のあまりに急速な拡大によるものです。日本政府の金融資産は先進国のなかでもGDP比で最大で、なおかつ毎年増えているのですが、その伸びを上回る「粗債務」の拡大が、結果として「純債務」の急拡大を生み出しています。
 注目しておきたいのは、「構造改革」の一環として「財政構造改革」が開始された年である1997年が、その掛け声とはまったく反対に、その後の財政状態悪化の重要なスタートラインになってきた事実です。2007年度末の−政府の「粗債務」残高−は547兆円ですが、96年度末の残高は245兆円にとどまっていました。つまり橋本内閣が「財政構造改革元年」を宣言して以降、その残高は2倍以上に増えてしまったということです。さらに2000年度末の残高が368兆円でしたから、2001年に登場した小泉内閣以後に、今日の全残高の3分の1が積み増しされていることがわかります。これは重大な問題です。「構造改革」は、財政赤字を縮小させるのではなく、反対に急拡大させてきたのです。
 では次に、その原因はいったい何だったでしょう。90年代は「無駄と環境破壊」と評された不要不急の大型公共事業が最大規模に達した時期でしたが、公共事業の削減を進めた小泉内閣以降の時期にも、財政赤字は拡大を続けています。その最大の要因は、税収の減少でした。国の一般会計の支出が2000年度をピークとしているのに対し、税収は1990年度をピークに早々と減少し、それが、国債発行の急増を招いていることがよくわかります。
 さらに、では税収減少の中身はどのようなものだったのでしょう。@所得税は91年をピークに大幅に減少しており、A法人税はそれより早く88年をピークに減少しています。その一方で、B消費税は97年の増税(3%から5%)をきっかけに増加しているという具合になっています。90年度をピークとした税収減――つまり財政赤字の急拡大は、主に所得税と法人税の減少によっていたわけです。
 では、この時期に、所得税と法人税はどうして大きく減少したのでしょう。バブル経済のピークが1990年ですから、その後に一定の景気後退があったのは事実です。しかし、法人税がバブルの真っ最中に減少を開始しているように、この二つの税収の減少をもたらしたのは、政府による税率の引き下げでした。財務省の資料「所得税の税率構造の推移」によると、所得税と住民税を合わせた最高税率は、87年(78%)、88年(76%)、87年(65%)、99年(50%)と下がっています。これがいわゆる金持ち減税です。他方で法人税を見てみると、これも87年の引き下げ以後、急速な低下が続いています。特に98年、99年の2年連続引き下げは、「社会保障構造改革」が強力に推進されていくなかでのことでした。
 2002年を底にして、法人税収が再び増大していることが示されていましたが、これは税率の引き上げによるものではなく、大企業の利益が拡大したことによるものです。この間、資本金10億円以上の企業の経常利益は2003年度以降急速に伸びており、その金額はバブルの絶頂期をはるかに超えるものとなっているのです。
 このように「構造改革」の政治というのは、大企業・金持ちへの減税政策を進めることで財政赤字を拡大させながら、それを理由に社会福祉や医療、年金、教育などの予算を抑え続けるものであったわけです。何ともひどい話です。

Y 「財政健全化」の最後のねらいは消費税増税?

 先に見たように、政府や財務省は、現在の財政赤字を改善する「財政健全化」のために、2011年度には基礎的財政収支(プライマリーバランス)を黒字にすると言っています。これを黒字にするということは、要するに、その年の社会保障を含む国の施策への支出を、その年の税収の枠内に抑えていくということです。
 これを実現するために、政府は、@毎年の施策への支出を減らすこと、A税収を増やすことが必要だとして「歳出・歳入一体改革」の必要を強調しています。その「改革」の具体的な方針」を決めた2006年の「骨太の方針」は、@とAの合計で必要となる「対応額」を16.5兆円だと計算し、そのうち11.4兆円から14.3兆円を支出の削減で、残りの2.2兆円から5.1兆円は増税で埋めるとしています。そのための支出削減にたくさんの項目があげられましたが、社会保障は中心的な柱の一つとされ、失業保険への国庫負担の見直し、生活保護基準の引き下げ、介護の内容・範囲・報酬の見直し、医療保険制度の効率化などが示されました。これらはすでに2007年度から実施の段階に入っています。
 しかし、実際にはプライマリーバランスの黒字化は政府の計画どおりに進みそうもありません。2008年7月22日の経済財政諮問会議には、景気後退による税収減で、2011年度の赤字幅が当初見込みよりかなり大きくなるとの報告がありました。これに対して、自民党幹事長だった麻生太郎氏が、景気対策の手がしばられるから2011年の目標達成は先送りすべきだと述べたことを、元幹事長の中川秀直氏が批判するなど与党内の見解のずれも大きくなっています。そこには、支出削減の一環として発効された障害者自立支援法や後期高齢者医療制度などに対する、国民の強い批判も大きな影響を与えています。
 しかし、そのなかで、まったく意見のブレが見られないのが消費税増税という方向性です。この点は民主党も意見が殆んど変わりません。自民党は2007年12月の「2008年度税制改正大綱」で、社会保障費の主な財源は消費税だと再確認しましたが、民主党も同じ月に発表した「民主党税制改革大綱」で消費税を社会保障目的税としながら増税するとしています。
 しかし、消費税をもっぱら社会保障にあてるというこれらの議論には、重大な問題が含まれます。
 その一つは、消費税以外の税収が社会保障費から引き抜かれてしまうことで、現在の社会保障費をまかなうために必要な消費税率はおよそ10%になるということです。しかも、そこまで増税しても社会保障に使われるお金はただの1円も増えません。その一方で、引き抜かれた消費税以外の税収は、公共事業費や軍事費などにまわされ、あるいは法人税や所得税の最高税率などのさらなる減税財源として活用される可能性も出てきます。つまり、これは「構造改革」の転換ではなく、それをいっそう深めるものでしかないのです。
 消費税を社会保障目的税とすることのもう一つの大問題は、それによって社会保障の充実が、いつでも消費税増税との天秤にかけられるようになるということです。福祉・医療・年金の充実が必要なら、更なる税率アップを受け入れなさい、それが嫌ならそれらの充実は諦めなさい。いつでもそういう問題の立て方がされるようになってしまうことです。そもそも消費税は、お金持ちにも、生活の苦しい人にもまったく同じ税率がかかる税制です。そうであれば、消費税率のアップは生活に困っている当人自身に一番重くのしかかるものとなっていきます。つまり「社会保障のために消費税増税を」という議論は結局、国民の暮らしを支えるために、生活が大変な人ほど納税で苦労しなさいという「弱いものいじめ」あるいは形をかえた「自己責任」論の展開でしかないのです。

Z 本当の財政再建は社会保障と雇用の充実でこそ

 以上のような話の流れの上に、では私たちは、政府にどのような財政政策を対置していくべきなのでしょう。最後に、これを確認しておきます。」
 第一に必要なことは、2011年にプライマリーバランスを黒字にもっていくといった、国民生活や経済の状況を無視した無茶な政策をやめることです。そのようなやり方で無理やり収支の帳尻をあわせようとすれば、国民生活や経済の破壊が進み、それによって財政状態はその後さらに悪くなってしまいます。すでに見たように、そんな一か八かの政策を急がねばならないほど、日本の財政は悪い状態になっているわけではありません。
 第二に、そうはいっても、財政状態の改善に向けた努力は必要です。ただし、それは国民生活の改善という政治や財政の本来の役割を果たしながらのものでなければなりません。そうであれば、まず税収増のために、消費税ではなく、あまりに低くなりすぎた法人税率や所得税を引き上げ、その一方で支出の無駄を削っていくべきです。
 いま日本の大企業の内部留保は、過去最大の規模に達しており、税率の引き上げに耐える体力は十分すぎるものとなっています。また支出については、年間5兆円という大きすぎる軍事費や依然としてGDP比で世界最大の公共事業を節約するべきです。緊急性の低い空港や高速道路をつくるために、生活保護の水準を引き下げたり、「後期高齢者」を差別医療の対象とするなどは、ただちに止めるべきものです。
 第三に、生活の改善のためにも、財政状態の健全化のためにも、国民の家計をあたためることに目的をおいた経済政策を、政府がしっかりととっていくことが必要です。その当面緊急の大きな柱は、社会保障の削減ではなく拡充であり、そして非正規雇用ではなく正規雇用者の拡大です。
 そうした家計収入の上昇に支えられた――個人消費は国内最大の消費力です――安定的な経済成長は、税収の自然増にもつながります。  第四に、こうした政策を腰をすえて進めるためには、「大企業がもうかれば、国民生活もよくなる」という「構造改革」の根底におかれた考え方の誤りをはっきり認め、これと決別する政治をつくることです。この間の大企業の利益を第一とする政治は、確かに大企業には史上最大の利益を生み出しましたが、その一方で経済成長は低調で、国民生活は貧しくなり、財政面でも赤字を拡大させるという、どうにもならない現実を生み出しました。日本における「構造改革」の歴史は、そうした「負の実績」をすでに十分に示しています。それを転換することには、何の未練も要りません。

「現場がつくる新しい社会福祉を読み解く」 その8
第8章 「生きづらさ」を打開する社会保障の現状と未来 (鍋谷州春)

 ――危機と希望の芽を複眼的にみる――

はじめに――電話口から孤独な泣き声が・・・・

 75歳以上の人を保険も医療内容も「別枠」とする後期高齢者医療制度が2008年に施行され、人間の尊厳を否定された孤独な思いや怒りの声があふれました。
 2008年4月上旬、大阪社会保障推進協議会の「後期高齢者医療なんでも110番」には160件の電話が寄せられました。事務局長は、老婦人からの電話が忘れられません。「93歳、夫も二人の子どもにも先立たれ一人暮らしです。腰が痛うて医療費や介護保険やら通院のタクシー代やらたくさん払わなあかんのんで、どうしても払えまへん。生活できまへん。お願いします。長生きし過ぎたんですやろか」そう言って電話口で泣いておられました。
 「最近『怒り』の相談が多くなったと感じています」と福島県女性のための相談支援センター所長は言います。後で相談員の記録を読むと、確かにその方の相談の中身は重く、大変な状況を生きてきた人だというのがわかります。「怒りの皮を一皮めくると号泣でした」と相談員が報告しました。
 大阪と福島、それぞれ相談内容は異なります。しかし「寂しい」心の叫びは共通でした。それでも電話をしてくる人は、力のある人です。「生きづらさ」に喘ぎながらその原因もわからず、排除されても相談できずにいる人が多数潜在しています。
 世界192か国中、経済力第二位の日本で起きている「生きづらさ」の原因を探り、それを打開する社会保障に希望はないのか、ともに考えあいましょう。

T 社会保障の目的は生存権の確保――内容は時代や国で異なる

(1) 情報操作を超えた冷静な学びを複眼的に
 「はじめに」で紹介した電話相談が特殊な例ではないことを、政府の調査が証明しています。2008年8月の内閣府「国民生活に関する世論調査」では、日常生活に「悩みや不安を感じている」人は70.8%と1981年の調査以来、初めて7割を超えました。不安の内容(複数回答)は「老後の生活設計」が57.7%と6年連続でトップです。「自分の健康」が49.0%、「今後の収入や資産」42.4%でした。一方、政府への要望(複数回答)では「社会保障改革」が72.8%、「物価対策」56.7%(前年比21.3ポイント増)と伸びが目立ちました。
 これら国民生活を襲う貧困と格差の拡大や社会保障の後退は、1980年代から続きましたが、特に21世紀初頭の小泉内閣の「構造改革路線」で促進されました。  この時期の雇用ルール破壊や、年金“百年安心偽装”をはじめ、“社会保障費自然増分の毎年2200億円削減”で、年金、医療、介護、障害のある人、生活保護など、社会保障のあらゆる分野で負担増、給付減が強行されました。加えて後期高齢者医療制度の矛盾が国民規模で噴出し、政治・経済政策全体に行き詰った安倍・福田両内閣は一年もたずに連続して政権を投げ出しました。
 一方で退陣前の福田政権は、全国各地の医療荒廃の事実と、その原因が医師不足にあることを公式に認めざるを得ませんでした。「骨太の方針2008」と閣議決定で、2009年の医学部定員を前年度より760人増とし、過去最高の8650人としました。「医師が増えると医療費が膨張する」と「医学部定員削減」を決めた1997年の閣議決定を見直したのです。OECD(経済協力開発機構)加盟国平均に比べれば日本の医師数は十数万人不足しております。
 障害者団体の大きな運動によって政府に「障害者自立支援法」の見直しを約束させた例や、08年の国会で「介護従事者処遇改善法」を全会一致で成立させた例のように、国民世論が政治の政策を変えさせた事実についても複眼的にみることが大切です。
(2) 「為政者の論理」と別次元の世界と日本の社会保障の指針を学んで
 政府は、全体として、部分的な「手直し」をしつつ従来の構造改革路線に固執しています。後期高齢者医療制度は「説明が不足だった」と弁解しつつ制度は実施しました。説明なしの実施は民主主義に反します。政府は、実施後3か月間で税金8億円を使い自分に都合の良い「言い訳」を新聞全面広告等で繰り返しました。
 こうして09年度予算案でも社会保障関係費削減を閣議決定しました。今後数年以内に保育の民営化・契約化も予定されています。
 この間の社会保障制度改革は、国民への情報開示や国民的な議論もなく、一方的に強行されてきました。本章の目的は、権力やメディアによる「情報操作」を超えて、自分や家族、国民の現実の生活に即して、社会保障制度のあり方を身近に考えることです。
 そのために、かまびすしい「情報操作」とは別次元で、世界や日本で客観的に検証されてきた社会保障生成の歴史、目的や範囲を整理し直す作業が欠かせません。
(3) 世界の社会保障は20世紀に誕生――所得再分配機能の理解がカギ
 19世紀以前は、人口の大半が第一次産業従事者で仕事の場が生活の場でもあったため、多世代同居の大家族が老後の生活や育児機能を担ってきました。ですが、貧しい地域では、「姥捨て山」や「口減らし」が常態化し、極貧者に対しては劣等の烙印を押して、支配層や宗教組織等による「救貧」も施されました。
 やがて労働者を中心とする産業構造社会となり、老齢、障害、疾病、失業などによる所得の減少や消失が国民共通のリスクとなり、教育をも含む社会システムが模索されました。
 「社会保障(social security)という言葉が、法律名として最初に用いられたのは、1935年アメリカの「社会保障法(Social Security Act)」でした。そのアメリカは、1929年の大恐慌が生み出した大量失業や生活不安に対処するため、審議の結果「社会保障法」を成立させました。しかし米連邦政府の施策は老齢年金保険だけだったので、アメリカでは社会保障とは事実上老齢年金を意味します。全国民対象の公的医療保険はなく、映画「ジョンQ」やマイケル・ムーア監督の映画「シッコ」はアメリカの医療の実態を告発しています。
 1942年のイギリスの「ベヴァリッジ報告」は「ゆりかぎから墓場まで」の人生の全ステージにわたる総合的社会保障計画を構想しました。第二次大戦中に、ILO(世界労働機関)の「社会保障への途」は「人類の最も深く且つ普遍的な願望」と述べました。
 1948年、国連は、第二次大戦の残虐な行為と結果を反省し、「世界人権宣言」を採択し、人間の尊厳と人権の保障による平和の実現、「欠乏」のない世界への到来と生活水準の向上を謳い、社会保障を人権として位置づけました(22条、25条)。
 社会保障制度は国や時代で異なりますが、共通原則もあります。国連が1996年に条約化した「経済的社会的文化的権利に関する国際規約」では、めざす社会保障(9条)の水準を「十分な生活水準」(11条)「最高の健康水準」(12条)へと発展させました。
 社会保障は20世紀に誕生した概念(言葉の内容)です。社会保障制度の基本的機能を所得再分配機能(次節で後述します)として理解することがカギとなります。
(4) 日本における社会保障の通説
 日本国憲法第25条1項は、国民の「健康で文化的な最高限度の生活を営む権利」すなわち生存権の保障を明記し、同2項で「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努め」と国の責任を明記しました。ただしわが国では、憲法規定を受けた「単一の包括的な実定社会福祉法」はつくられず、社会保障「的」な個別制度が必要に迫られるというプロセスをたどりました。*
佐藤進「社会福祉の法と行財政」剄草書房、1980年
 日本の社会保障概念の通説的見解は、1950年の社会保障制度審議会(総理大臣の諮問機関)の「社会保障制度に関する勧告」(以下「50年勧告」と略)です。「50年勧告」は「疾病、負傷、分娩、廃疾、死亡、老齢、失業、多子その他困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公の負担において経済保障の途を講じ、生活困窮に陥った者に対しては国家扶助によって最低限度の生活を保障する」「公衆衛生及び社会福祉の向上を図り」「すべての国民が文化的社会の成員たるに値する生活を営むことができるようにする」と述べました。
 日本の社会保障制度は下記の体系が通説的理解となっています。
社会保障(狭義)
 ・公的扶助(生活保護)
 ・社会保険
 ・社会福祉
 ・公衆衛生
 ・老人保健
社会保障(広義)
 ・狭義の社会保障
 ・恩給
 ・戦争犠牲者援護
社会保障関連制度
 ・住宅など(その他の困窮の原因−「50年勧告」への対応策
 ・雇用(失業)対策
 ここでは、社会福祉は社会保障の一部として、狭い意味で使われています。イギリスでは、社会保障は主に年金などの所得保障を意味し、福祉(政策)が所得保障(社会保障)、雇用保障、住宅・教育政策、対人社会サービスなどを含む広い意味で用いられています。近年の日本では、不確実に発生する種々の事象に備えた制度という意味で「セイフティネット(safety net)という言葉が使われることもあります。

U 「生きづらさ」の身近な事例
 社会保障の目的は「国民の生存権の確保」ですが、多くの国民が「生きづらさ」を感じています。事例をあげてみましょう。その際、困窮の原因を固定しないことです。実生活の目線で日本の現実の社会保障制度を検証してみるのも、主権者らしい方法かもしれません。
1 初就職の43.8%が非正規雇用――それは自己責任か
 総務省「就業構造基本調査」(2007年)で青年の初就職の43.8%が非正規雇用というデータが出ました。90年代は21.8%だったので比率は2倍以上に急増です。派遣会社から携帯に連絡がない日は仕事にありつけず、日銭が入らず不安な山田博人君(19歳・仮名)は「自分で何とかしないと」と考えます。中学時代に「いじめ」でひきこもり、自分を責める癖が身につきました。テレビでもネットでも「自己責任」と「勝ち組・負け組」の情報が流され、いつも運勢を気にする自分が嫌だと語りました。
2 授業料払えず中退――学びづらさ
 母は午前中スーパー、午後はファミレス、夜はコンビニで働く母子家庭です。これ以上の苦労はかけられず、「学費の工面は自分でつける」とバイトに明け暮れ、故郷の米だけ自炊し、おかずは学食の百円小鉢で過ごす学生がいました。また卒業後数百万円の有利子ローンを返す自信もなく実家も苦しいので、私立大学を中退する学生が増えています。
3 保険証がない――生命のSOS
 国民健康保険の資格証明書発行で、無保険状態の中学生以下の子どもが全国で32903人にのぼることがわかりました。(2008年)東大阪市に住む父子家庭の中一男子(12歳)は、気管支喘息とアトピーの持病で発作予防の吸入薬が欠かせません。鉄骨工の父親の仕事が減り、工賃も下がり、2年前から保険料が払えません。「保険料を一括払いしないと保険証は発行しない」というのが役所の返答でした。
4 家を再建できない被災者――行き場がない
 2007年の新潟県中越沖地震で被災し、住宅再建の方向が決まらない佐藤一夫さん(57歳・仮名)の家は、地盤が沈み全壊状態でしたが、子どもも含めた年収が基準(800万円)を上回るため支援を受けられません。夫婦そろって睡眠障害、熱中症で苦しんでいます。ローンが残る佐藤さんは、「行き場がない。国の支援が欲しい」と呻(うめ)きます。
5 介護・福祉版ワーキングプア
 介護・福祉現場に勤めて1年未満の職員の40%、3年未満の75%が辞めています。現場で働く人は資格者の6割弱で、専門学校などの定員割れが続いています。男性賃金は全産業平均33万7千円に対し、介護労働者は21万4千円。調査では半数以上が仕事にやりがいを感じつつ、低賃金と処遇の悪さに悩んでいます。

V 市場の領域と所得の再分配による分かちあいの領域

(1) 五つの事例は何を問いかけているか
@「初就職の43.8%が非正規雇用」は、「社会保障関連制度」の雇用対策ですが、人間が生きていく大前提です。70年代には9割が正規雇用でした。85年に財界が要求した労働者派遣法も専門13業種に限定したのに、99年に原則自由化され、04年に製造業にも解禁するという派遣拡大の流れは、財界と政府による戦略でした。その戦略を見直させ労働者派遣規制を方向づけたユニオンなどの現場の労働組合や国会の連携は希望の芽です。
 非正規は本人の自由意思だとの「自己責任論」が喧伝されていますが、女性や若者・中高年には「非正規」以外に選択肢がないのが現実です。前述の山田博人君のように、生活苦を「自己責任」と思い込まされ、自己肯定感をもてない若者が多数です。家族の貧困、学校での過度な競争とふるいわけ、職場での使い捨て扱いなど若者の成長と労働環境の影響は新しい社会の構造問題です。それに対しての分析と支援が必要です。正規職員をめざしつつ、当面賃金、福利厚生や社会保険等も含めた処遇格差解消施策が切実です。
 作家の雨宮処凛さんが「いまの働き方は過労死の正社員か、不安定で食べられない非正社員かの二者択一で不毛だ」(「朝日新聞」08年4月28日)と指摘する通りです。
A「授業料払えず中退」は、先進国では日本の遅れが目立ちます。家族の経済的な困難による進学のあきらめや大学中退は子どもに負の影響を与えます。青年期の貧困は結婚や家族形成を困難にし、少子化を招き社会の持続性を損ねます。子どもの貧困は個人と社会の双方を壊します。
 他方、「学費ZERO(ゼロ)ネット東京」など学生組織のアンケート調査や学費値下げ運動も起こっています。日本の大学の学費は世界でも特別高く、初年度納付金は国立大学で82万円、私大で平均131万円です。奨学金の6割が有利子です。
 OECD(経済協力開発機構)は08年9月に、加盟30か国の08年版「図表で見る教育を発表しました。05年現在の調査結果で、国や地方自治体の予算から教育機関に出される日本の公的支出の割合はGDP比3.4%と、データのある28か国中最下位でした。公的支出の割合を見ると、アイスランドが7.2%でトップ、次いでデンマーク6.8%、スウェーデン6.2%と北欧の国が続いています。
 ドイツでは半数以上の州で授業料無償、フランスは授業料無償で2万1千円の学籍料がかかるのみです。チェコ、デンマーク、ポーランド、フィンランドなど多くの国が教育費は大学まで無償です。中等、高等教育の漸進的無償化を明記した「国際人権社会権規約」を批准していないのは日本、ルワンダ、マダガスカルだけです。「日本はそんなに遅れていたの」と運動に共感が広がります。日本政府は「受益者負担」論を変えず、私学助成予算を2年連続で減らしました。人間の発達を保障する教育は広い意味での福祉(政策)課題です。子どもの人生を支える地道な活動のない社会は、貧困に対する抵抗力のない社会です。
B「保険証がない――生命SOS」の事例は、保険証があればいつでもどこでも誰もが病院にかかれる「国民皆保険」が、国によって崩壊させられた姿です。全国で国民健康保険の加入世帯数は全世帯の約半数の約2530万世帯、人口は約5千万人です。国保料を払えずに滞納している世帯数は約385万世帯(2008年9月現在)です。
 国は2000年度に「保険料滞納者から保険証をとりあげ、資格証明書を発行すること」を各自治体に義務付けました。短期保険証と資格証明書の交付が全国に広がり、08年9月時点で、資格証明書が約33万世帯に交付されました。
 保険料の滞納はなぜ起きるのか。事例の気管支喘息の中学生の父は鉄骨工で、仕事が減り工賃も下がって滞納せざるを得ませんでした。普通の生活をしていたら払えない高い保険料に原因があります。全国で高い保険料となった理由は、国庫負担率の減少です。
 最近では、資格証明書の発行だけでは国保料の収納率向上に結びつかないと、自治体の多くは対策を「滞納者の資産差し押さえ」に切り替えました。朝日新聞は、「国保滞納、差し押さえ01〜05年度で1.7倍 指定市と23区調査」(07年2月4日)と報じました。命と暮らしを守るパスポートである保険証をとりあげ、「生活費を差し押さえる」など、国税徴収法の許容範囲を超えた無法な資産差し押さえが横行し始めています。
 他方、住民運動の力で国保証をとりあげない市町村が551(全自治体の30%)存在しています。沖縄、京都、長野の府県では、6割以上の市町村で資格証明書の発行がゼロでした。
C「家を再建できない被災者――行き場がない」の事例は全国の被災者の声で政府の壁を打破した希望の芽につながった事例です。「家」は「社会保障関連制度」の「住宅等」の課題です。
 筆者は1993年の北海道南西沖地震で奥尻島での救助・復興体験を経て、この課題の調査・研究を続けてきました。阪神大震災が家屋の倒壊による「住宅災害」であり、新潟県中越地震や2000年の鳥取県西部地震でも、被災住民の願いは、住み慣れた町での生活の場の再建でした。失意の中から生きる意欲を取り戻すには、住宅とコミュニティは欠かせない生存権の基礎だからです。片山義博鳥取県知事(当時)は、「住宅は私有財産だが、公共的性格がある。生活が再建でき地域社会が守られる」と県費で住宅再建を支援しました。
 全国の被災者運動は災害で「自助」の土台が破壊された人々への生存権保障としての災害保障を求め、2004年度補正予算で宅地擁壁への公的支援事業を実現させました。しかし、政府は「私有財産は自己責任」の論理にこだわり住宅本体の再建支援を拒否しました。被災者運動は、国会に働きかけ、2007年秋の国会で支援対象に住宅本体も含めた「被災者生活再建支援法」の改正案を議員立法で成立させました。年収要件も緩和し、支給制限も撤廃しました。この改正で、住宅を失った佐藤一夫さんは生活再建の一歩を踏み出しました。
D「介護・福祉版ワーキングプア」の事例が示す深刻な人材不足は、福祉労働者の劣悪な労働条件が原因です。若者が福祉の仕事を選ぶ理由は「やりがいのある仕事だから」がトップで6割です。ところが月給は平均22万7千円で全企業の6割に過ぎず、若年層の多くは年収200万円未満です。専門性を必要とする仕事なのに、非正規の職員は介護で約4割、訪問介護で約8割。加えて夜勤や長時間労働です。介護や福祉の支え手が劣悪な労働条件では、支えられる高齢者や障害のある人の尊厳は守られません。
 その原因は、05年に政府が介護保険法を改定し、二度も介護報酬を引き下げ、05年に障害者自立支援法を強行成立させ支援費報酬を大幅に引き下げたためです。
 しかし、現場の声や世論を背景に、賃金や処遇改善のための施策のあり方を検討する「介護従事者処遇改善法」が国会で全会一致で成立しました。
(2) 所得の再分配は世界の常識――米国でも市民運動が
 私たちの生活は、二つの領域から成り立っています。一つは一般市場の領域です。二つ目は、教育や福祉、医療など生存権を保障しあう税や社会保険料の所得再分配の領域です。各国民の世論で様々な所得再分配の仕方があります。
 医療保険を例にとると、イタリアでは概ね保険料の7割が企業負担、フランスでは約65%が企業負担です。スウェーデンでは使用者と自営業者が負担する保険料(70%)と国庫補助(30%)で労働者の保険料負担はありません。働いて企業に利益をもたらした成果の再分配という考えです。
 アメリカ国内でも全国民対象の公的医療保険「国民皆保険」の実現を目指す運動が起こっています。そのデモが、2008年サンフランシスコで約3千人参加して行なわれました。さらに医師7千人以上が米政府に署名を提出しました。公的基金をつくって運営する公的医療保険法案「676法案」が2008年にアメリカ連邦議会下院に提出されました。共同提案議員が90人です。アメリカの国民運動の動きは世界の人々への希望ではないでしょうか。

W 現場のきびしさと希望の芽を複眼でみる

(1) きびしさと希望の芽の根拠
 「構造改革」とは、以下のような経済路線を基礎としています。@自己責任原則(国家の福祉制度に頼らない)、A市場競争主義と効率性(経済的な弱者を淘汰して、強者を伸ばす)、B規制緩和を広げる。どうしてこのような路線に固執するのでしょうか。
 自公政権が消費税増税や破綻が明瞭な社会保障費抑制を強行し、民主党も官僚政治批判はするが財界批判ができない背景には、異常な大企業中心主義があります。小泉「改革」の背後には、96年12月の経団連「社会保障制度改革のビジョン」がありました。経団連は「市場原理と自己責任原則を基本に、我が国の諸制度を抜本的に見直す」「国民全体で高齢化に伴う負担を分かち合う」「経済的に持続可能な社会保障制度をめざす」と迫ったのです。
 戦後50年間、総理の諮問機関として常置されていた「社会保障制度審議会」が廃止され、「骨太方針」案を作る経済財政諮問会議が作られました。日本経団連会長や企業代表が参加し直接注文をつけました。政府の「規制改革・民間解放推進会議室」職員27人中14人を大企業からの出向者が占め、大企業が牛耳る体制となりました。
 08年秋に、麻生新内閣が発足すると、経団連の御手洗富士夫会長は「税・財政・社会保障制度の一体改革に正面から取り組む」よう注文しました。経団連は、企業献金の指標となる「政党通信簿」をつけ、08年度の自民・民主両党の評価を発表しました。カジノ的な金融支配や貿易自由化の押し付け、海外派兵や基地問題などでのアメリカ言いなりと異常な大企業中心主義を正し、憲法を生かした主権在民の政治の再設計が急務です。
 人間が人間らしく生きる「基本的人権」は「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」(憲法97条)です。財界や官僚や政治家の思惑で勝手にリセットすることはできません。
 そして、権力者たちは国民の支持を受けなければ自分たちが権力の座から滑り落ちることを、2007年の参議院選挙での与野党逆転で痛感しました。近年の安倍首相、福田首相の連続突然辞職も、国民の支持を失い統治能力がなくなったことが原因でした。見てきた「構造改革」は、与党を支持してきた中小企業や農漁民、医師会、福祉関係団体にも痛みを与え、その支持基盤を失いつつあります。
 私たちが生活や福祉の現場で味わっている厳しさと、その厳しさのなかに希望の芽があることを、事例や歴史を根拠に紹介しました。ただし、希望の芽がふくらみ花開く度合いは、私たち自身の気づきと成長、そして国民的な連帯にかかっていると思います。
(2) 政府の過大なデータにチェックを
 権丈善一氏の指摘のように、権力者は国民を支配するためのキャンペーンを続けます。例えば「赤字」と大宣伝して善良な国民に負担を強いるやり方です。
 国・地方合計で886兆円の赤字国債は高齢社会のせいだと言います。これは事実に反します。先進国はすべて高齢社会です。日本は、大型公共事業や浪費型事業で借金を膨張させました。それを社会保障費の抑制で埋め合わせ、企業の社会保障分担金もやめようというのが財界の本音です。「社会保障」を口実に導入した消費税の税収累計は、1989年から07年までで188兆円ですが、同期間の法人税減税159兆円と相殺されました。国民騙しのテクニックはもう通用しないのではないでしょうか。
 政府の過大なデータには前歴があります。厚労省は1995年に2025年の「国民医療費長期推計」を141兆円と発表し、“医療費亡国論”を振りまきました。2001年度に同じ推計を81兆円に引き下げ、05年に69兆円に再修正しなした。」このような医療費削減政策によって、医師不足や全国的な医療荒廃を招いた責任には口をつぐんでいます。
(3) 上意下達でなくボトムアップで生活保障の再構築を
 社会保障はシングルイシュー(単一の問題)ではありません。公的年金や医療保険の空洞化は、年収200万円以下のひとが1千万人を超えるワーキングプアの急増と関連しています。貧困の根源にある利潤第一主義による雇用破壊を、法的・実態的に規制することが急務です。派遣労働ではなく人間らしい雇用と生活の再生と公的年金の拡充はメダルの表と裏の関係にあります。
 子どもの貧困の放置は個人も社会も荒みます。松本伊知朗氏は、子どもを権利の主体として捉えた発達権保障(物的な環境、育つ時間、学習権、意見表明権、機会と可能性、他者との応対的関係など)について「子育て家族の貧困」の解決や親への支援に加え、家族を経由しない子どもを直接支える政策と実践の豊富化を訴えます。
 湯浅誠氏は、人間が生活困窮に直面した際のある種の抵抗力を「溜め」という独自の言葉で表現します。湯浅氏の「溜め」という言葉を採用すれば、程度の違いこそあれ、国民の多くが今、「溜め」の喪失に直面させられているのではないでしょうか。政府が提案する枠組みにとらわれず、生活のからの「その他の困窮」(50年勧告)をもカバーした、シングルイシューではない生活保障制度の総合化と再構築が必須です。
(4) 「公平」と予算をめぐる学生の気づき
 国民一人当たりGDPが日本の11分の1以下の小国コスタリカでは、総合的な社会保障はまだないが、「生命と教育だけは平等」を目標に医療費と教育費は税金で無料にし、全国民および難民にも同じ保障をしていることを講義で紹介しました。
 その翌週、ある学生が率直な意見を書きました。「日本では『公平』を理由に保険料未納者には国民健康保険証を発行しないのは当然だと思っていました。でもコスタリカでは誰もが医療や教育を無料で保障することを学びました。病気や怪我のときには治療を受けなければ死や障害に至るので、誰もが受けるのが当然と思いました。教育も大人になり働くために子ども全員に平等に与えられた権利です。社会的地位や所得で医療や福祉の待遇も違うのが当然と思っていた自分の考えを見つめ直すきっかけとなりました。困っている人がいたら手を差し伸べる人間になり、そういう国になれたら素敵だと思います」。弱肉強食の競争社会や格差を当然視する風潮のなかで幼少期を過ごした学生は、そこで自然に備わった「公平感」とコスタリカの公平感とを素直に比較し、自己発見したのです。
(5) 「願望」から人権としての社会保障へ
 私は、学生たちに以下の補足講義を行ないました。第二次大戦中に提案されたILOの「社会保障への途」は「人類の最も深く且つ普遍的な願望」と述べました。当時はまだ社会保障は願望でした。1993年の第80回ILO総会は、「社会保障の概念は、拠出金とか雇用歴に関係なくすべての市民に普遍化された基礎的な社会的援助を提供する」と決議しました。日本も1961年の「国民皆保険」制度でそれを実現しようとしました。しかし、現在の介護保険や国保や障害者自立支援法が「拠出に対する対価としての権利」に狭めたことの是否を国際的な流れに照らして考えてみようと学生に提起しました。異なる意見も含め、学生たちの議論は活発でした。
 日本における半世紀余を振り返ってみましょう。
 1950年代に朝日茂さんが行政訴訟をして始まった「朝日訴訟」、1960年代に若い母親たちが起こした「ポストの数ほど保育所を」運動、1970年代の労働組合主体の年金改革運動、1980年代「豊かな日本」で餓死・自殺者を出した生活保護しめつけへの抗議、1990年代良い医療・看護を求めるナースウェーブ闘争、2000年代初頭の介護保険改善運動および「私たちのことを私たち抜きで決めないで!」を掲げた障害者自立支援法に対する壮大な当事者運動など、日本の社会保障制度を拡充させてきたのは、生活の場・医療・福祉の現場からの声でした。
 それらは、当時の政権や財界の社会保障削減の言い分を論破するためだけではありませんでした。初めは少数者に対する劣等の烙印を押され、徐々に多数国民との関わりを広げるなかで国民によって植え付けられた劣等烙印を後退させる対話でした。この半世紀余のなかで、確実に民主主義と国民の主体形成の基盤や諸条件がつくられてきています。

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